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第6話
結局、警察は来なかった。
翌朝、俺はリビングの血痕をくまなく探しては消毒液のオキシドールで洗浄し、消音装置の代わりにしたクッションは、ゴミとして捨てた。オキシドールは血液と化学反応をして血液のシミを消すことができる。一次団体の若頭の家ともなるといつ捜査が入ってもおかしくないので念入りに痕跡を消す。銃弾も侵入者から回収していたのでそれも線状痕を削り取ってゴミとして捨てた。
侵入者としても警察沙汰は御免だろうからそこまで警戒しなくてもよいが、やっておくに越したことはない。
それから朝食を作る。今日の朝食はフレンチトーストだ。トーストを作っているとスマホが振動する。見てみるとショートメッセージで「560」とだけ送られてきた。これは警察と俺とで考えた符牒で、「560」は「俺に関しての情報収集がされた」ことを示すものだ。大方今回の新入騒動で前原の組と侵入者の組が俺について情報を収集したのであろう。問題はないため「000」とコードを打って返す。俺についての情報はどんなに漁っても桐谷 皓也のものしか出てこない。G高校卒業、趣味は格闘技。それ以上の情報は出てこないようになっている。
俺はフレンチトーストが出来上がると前原を呼びにいく。二人で食卓につき、昨日のことが嘘のようないつもの朝食時間となった。部屋に漂う僅かなオキシドールの匂いだけが昨日の出来事を物語っている。
前原は何か考え込むような仕草をしていたが、俺には何も話さず黙々と朝食を食べている。
「前原さん、フレンチトースト、オイシ?」
「……ああ、うまくできてるな」
「ヤッター!コレレシピサイト見てツクッタ」
日本語の読み書きが怪しかった俺はレシピサイトを見てもちんぷんかんぷんだったが、最近は読めるようになってきたのだ。
「そうなのか?すごいな」
のほほんとした朝に響くスマートフォンの振動音。前原は「悪い」と言ってスマートフォンを持って書斎に行ってしまった。
しばらくして戻ってきた前原の顔は暗かった。「ドシタノ?」と聞くと
「お前を組に連れてこいってよ。俺が個人的に雇ったボディガードというのが気に入らないらしいな」
と言われた。まあ予想の範疇である。組織外の人間を雇うなんて何か企んでいると思われているのだろう。しかし俺は俺でさっきのメッセージが示す通り警察の首輪がついている……あくまで関係は対等だがそんな人間が組に関わることはできない。ということをかいつまんで前原に話す。警察の名前が出た時は思いっきりため息が出ていた。
「僕は……エエト、米国でイウ証人保護プログラムが適用サレテイルような状況ナノデス」
証人保護プログラムとは、アメリカにおいてマフィアの「血の掟」によるお礼参りから証言者を保護する目的で設けられた制度で、該当者は裁判期間中、もしくは状況により生涯にわたって保護されることとなる。俺は大陸および日本に関わるマフィアの情報をあらかた日本の警察に伝える代わりに、この制度を実験的に適用されている状況だ。
「ナノデ日本の警察トハ、薄くですがツナガッテイマス。それでもよければ前原さんの組にイッテモイイデス」
「……成程、少し考えさせてもらおう」
「僕としては、愛人兼個人で雇われたボディガードトイウ方が日本の警察に説明シヤスクて助かりマス」
俺は離れてしまえば面倒ごとにはならないのに、その選択が前原の口がら出ないことにホッとした。
「……そうだな、お前のことはあくまで俺のプライベートであると組にも説明しよう」
「僕も警察にそのように説明します」
朝食を食べ終わるのもそこそこに、お互い同じ部屋で、俺は警察に、前原は組に事情を説明した。
「……もしもし、僕デス。……ああ、日本語はいい先生がイルノデ上手くなりました。さっきのコードの件ですが……多分驚カレルト思いますが、僕は今御堂組の若頭の愛人兼ボディガードヲやっています、そうです、その御堂組デス。僕の方から御堂組の動きをツタエルコトはデキマセン。若頭のみこのことを知っている状況デス。……ハイ、イキサツハ、……成り行きナンデス。ナノデ他意はナイデス。……ハイ。失礼します」
いつも警察の担当者、佐伯とは中国語でやりとりをしていたが、今回は前原に何を言っているかわからせるために日本語で話した。
前原も同じように「プライベートのことなので干渉不要、他意はない」ことを組に説明し、ひと段落した。今から前原は昨日の襲撃について二次団体と話し合いにいくらしい。
「襲撃のオカゲデ有利になればイイね」
「ああ」
「夕ご飯までにはカエッテくる?」
「多分な」
「夕飯ツクッテオク!ナニガイイ?」
「肉じゃがかな」
「肉じゃが……ワカッタ!頑張る」
そうすると前原は軽くキスをして出かけていった。
前原は夕方には帰ってきた。顔には若干の疲労の色が見えたが、ここ最近では比較的マシな方だ。俺は作っておいた肉じゃがをよそい、ご飯を用意した。
「前原さん、どうだった?」
「俺のプライベートなボディガードってことで納得してもらったよ。まあ……その代わりに向こうも手を打ってきたがな」
「?」
「……見合いだとさ。要はお前を俺から遠ざけたいらしい」
見合い。その一言に俺の心臓は不覚にもバクバクしてしまった。見合い。おそらく政治的な理由で断れないような相手をぶつけてくるに違いない。
「僕、ハ……愛人でもイイカラ……そばに居タイ……」
「俺はそもそも見合いを受ける気なんてない……安心しろ」
「ウン……でも無理シナイデ。どうしても受けなキャイケナイことがあるのもわかるから……」
「……」
夕ご飯を食べ終わり、二人で風呂に入る。俺は前原に抱きしめられながら、さっきの見合いの話について考えていた。見合いかあ……政治的に拒否できない相手の場合は受けるしかない。前原が結婚するとなると俺は愛人になれればいい方で、追い出される可能性すらある。もとより前原が結婚する可能性は考えていたのでショックかと言われるとそうでもないが、本格的に見合いの話を進められていると聞くと落ち込む。
「……」
「どうした?」
「ウウン、ナンデモナイ……」
風呂から上がってベッドに来ても俺は悩んでいた。自分でも意外だったが俺は前原に相当依存しているらしい。考えてみれば、母親と過ごしていた期間以来、初めて落ち着いて過ごせているのだから執着してしまうのも仕方がないのだろうか。落ち着いて、自分が自分であれる場所。それが今脅かされようとしている恐怖と、前原に無理をしてほしくないという気持ちの間で心が摩耗していくのを感じる。ヤクザの世界では若頭や組長ともなれば結婚をし、確か……「姐さん」というポジションの女性がいることが通例だと聞いたことがある。だからこのままいくと俺は愛人になるが、その女性が俺のことを許容してくれる保証もないし、それに。
前原を渡したくない。
という気持ちがあることは確かだ。とても小さく見える炎だが確かに存在する、消せない光。
啄むようなキスをしながら前原を誘う。
「前原さん……シヨ?」
「今日は随分甘えたじゃねえか……ほら服脱ぎな」
キスをしながらお互いの服を脱がせあう。俺は前原の首筋をキツく吸い、キスマークをつけた。前原は特に咎めない。俺は自分でベッドサイドテーブルからローションを取り出すと、前原の前に尻を突き出し、見せつけるようにしてローションを塗り込んだ。ぐちゃぐちゃと淫猥な音が響く。もっと淫らに、女なんかに負けないくらい前原を夢中にさせたい。
俺は前原の上にまたがり、ローションで後孔を解すところを見せつけながら、前原の昂りを口に含んだ。喉の奥まで一気に加え、喉の奥を閉めて前原の先端を攻め、舌も絡み付ける。
「……ん、ふぅ……んぐ、はぁっ、」
「……っ、今日は随分やる気じゃねえの……っ」
前原はそう言うと俺の愛撫を中断させ、起き上がり対面座位の姿勢で俺の中に入ってきた。
「……、あああっ、」
前原に貫かれる感覚はいつも胸のあたりがぎゅっとなってとても幸せに感じる。これを日本語でどう言い表せばいいかわからないから言えないけれど。
「……前原、さ、……っ」
対面座位で揺すられると俺は前原の胸板に顔をあずけ、首に手を回しピッタリとくっつく。本当は耳元で、「行かないで」「そばにいて」「俺を一番にして」って言いたい。それを堪えてまったりとした快楽に溺れる振りをしている。
結合部を覗くと前原の凶器が出入りしている様が見えて情欲に火がつくのを感じた。
「前原さん、モット、攻めて……っ」
そう言いながら前原を押し倒し、騎乗位になる。騎乗位になるといいところに前原の切先が当たってあっという間に上り詰めてしまう。
「あ、あああっ、前原さん、も、出ちゃうぅ……」
「……っ、俺も中に出すぞ……っ」
「あ、あ、あああああっ」
俺が達すると同時に前原も達する。俺の内部が前原の精液で満たされるこの感覚がたまらない。思わず前原をぎゅっと抱きしめてしまう。
「……おい、今日はどうした?……見合いの件か?」
「…………」
俺は沈黙ののちに「もう一回、シタイ……」と答えることしかできなかった。
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