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第7話

 前原は俺に「見合いの件は心配するな」と言った。俺は「無理しないでね」としか言えなかった。もちろん女と結婚するなんて心が切り裂かれるように辛い。でも見合いを断ったせいで前原に不利益や危険があるのはもっと嫌だった。俺は断腸の思いで前原の所を去る算段を立て始めることにした。このままだと前原は確実に見合いを断るだろうから、その前にこちらから姿を消す。  元々前原が結婚するであろうことは考えていたし、それが少し早まっただけだ。むしろ後々になって別れるより傷が浅くていいのかもしれない。一方で俺はここを離れたくないと強く思ってもいた。二律背反、自分自身の考え同士の摩擦で焼けて無くなってしまいそうだ。  俺はそこから目を背けるために、当初の目的であった母親を探しを始めることにした。最後にわかっている住所は神奈川県横浜市○○であるため、とにかくそこまで出かけて母親の消息を知っている人を探す。幸い日本語は前原のおかげでだいぶ上達したし、聞き込みに支障はないだろう。  俺は前原に「今日出かケル、帰りはオソクナル」というと前原は特に行き先も聞かずに家の鍵を渡してくれた。つくづく優しいしちょっと人のことを信用しすぎなのではと不安になる。  よく晴れた初夏の気候はずっと家に篭りっぱなしだった体には多少こたえた。空は晴れ渡り、日傘をさしている人も目立つ。若干汗ばみながら駅に到着し、横浜駅まで電車に乗って涼む。平日の昼間の電車のなんとも言えないぼんやりした空気が俺の中に僅かに残っている母親と妹との思い出を思い出させてくれる。  駄菓子を買ってもらい公園で遊んだこと、公園の水道の蛇口に手を当てて噴水ごっこをしてびしょ濡れになり母親に怒られたこともあったっけ。とにかく妹はずっと俺の後をついてきては俺と同じ遊びをしたがった。だから木登りとかそういうことばっかりして、兄妹揃ってよく怒られたものだ。  横浜駅からさらに電車に乗り換え、最後にわかっている住所の町までたどり着いた。そこは閑静な住宅街で、犬の散歩をしている人や買い物帰りの婦人がいる程度だ。  該当する住所はマンションになっていたため、そのマンションの隣にある古くからありそうな家の人に聞いてみることにした。その家は生垣に囲まれ、色の褪せた煉瓦で作られている。中から魔女が出てきてもおかしくないなあ、と子供心に思った記憶があるので、もしかしたら俺達のことや母親のことを知っているかもしれない。  チャイムを鳴らすと上品そうな婦人が出てきた。 「すみません、以前コノあたりに住んでいた水沢というものナノですガ……」 「水沢……水沢……はあ確か親子三人で住んでいた方がいたわ」 「その親子の息子ガ私デス」 「あら!あらあら大きくなって。妹さんはお元気?」  妹のことを聞かれる心の準備をしていなかったためはっきり表情に出してしまった。もうこれは言葉で繕っても遅いと判断し正直に話す。 「妹は……亡くなりまシタ」 「あら、そうなの……残念だわ。うちで昔飼っていた犬のマーリィと仲良くしてくれていたのよ、覚えているかしら?」  ああ、そうだった。この家には昔大きいゴールデンレトリバーを飼っていて、散歩の途中によく会っていた。最初は大きい犬が怖かった俺たちだが、よく躾けられていて優しいマーリィとはすぐ仲良くなれた。このささやかな記憶も今まで忘れていたものだ。艶やかな毛並みの優しいマーリィ。俺たち兄妹に会うと尻尾を振ってくれた。 「……覚えていマス。よくボール遊びをしてクレテいました」  マーリィは俺達にとって少し年上の友人のような存在だった。ボール遊び、フリスビーなどでよく遊んでくれた。 「そうですか、マーリィも亡くなったんですネ……」  お互いに沈黙し、もういなくなった命に想いを馳せる。 「立ち話もなんだし、おはいりになって」 「ありがとうございマス」  古くて豪奢な家の中は木目調で統一されており、古い家具達がこの家の歴史を物語っている。リビングの棚にはマーリィの写真が子犬時代から老犬になるまで並べられていた。愛されていたマーリィ。  婦人の名前は真田と言った。ソファに座るように言われしばらく待っていると香り高い紅茶とクッキーが運ばれてきた。 「それで、本日はどのようなご用件かしら」 「水沢 朝香、私の母を探シテイルのです」 「あら、お母様とは……」 「私と妹は私が十二歳の時に父親の元へ預けラレマシタ。妹が亡くなり、父も……亡くなったので、母に会イタイと思い、ここまで来たのデス。何か母の消息についてご存知でしたら教えてクダサイ」 「まあ、お父様まで亡くしてしまったの……なんてこと……」  しばしの沈黙。妹は父に「殺された」し父は俺が「殺した」のだが、そんなことをこのご婦人に言ったら卒倒してしまうだろう。 「ちょっとお待ちになってね。確かお葉書を何度かやり取りしたからそれをとってくるわ」  婦人が席をたち葉書を探しに行ってから紅茶を飲む。香り高く美味しい紅茶だ。俺もかつてはこのような穏やかで上品な暮らしをしていた、気がする。もう遠い昔のことだが、ここにきて少しずつ記憶の断片が集まってきている。母親との穏やかな暮らし。それを引き裂いた父親。穏やかな記憶を取り戻す度、母親に会いたくなり、父親はより憎くなる。 「あったわ……ええと順番に並べるわね……」  葉書の消印は丁度俺と妹が中国へ行き、母親がここを引っ越してすぐのものから始まっていた。「お元気でしょうか」「お変わりはありませんか」などの短い文章だが、温かい交流の軌跡が垣間見える。  最後の手紙は今から八年前、同じ神奈川県だが湘南の方の住所になっている。俺はその住所をスマートフォンに入力すると婦人にお礼を言った。婦人は「どうかお元気でね、気落ちすることもあるでしょうけれど……その時にはまた遊びにいらっしゃいな」と言ってくれた。  俺は婦人の家を辞して湘南方面へ向かった。  時刻は夕方に差し掛かっていた。日中は汗ばむほどの陽気だったが、太陽とともにその勢いは衰え、過ごしやすい気候になっていた。手紙の住所は海辺のカフェになっていた。「Café des enfants」。フランス語で「子供達のカフェ」だ。母は確かフランス文学が好きだったから、母が経営している可能性も十分ある。いない可能性も同じくらいあるが……ダメもとで行ってみる事にした。  「Café des enfants」は海沿いにある木造のロッジのような作りのカフェで、表にも中にも子供が遊べるような遊具が置いてあるのが見えた。あの頃の穏やかな雰囲気の中に子供達のこえがこだましている。  カフェに入ると「カランコロン」という呼び鈴がなり、奥から若い女性店員が「一名様でしょうか?」と声をかけてきた。 「ええと、ソウデス。でも僕はお客としてではナク、ヒトを探しにきました」  柄にもなく緊張して日本語が乱れそうになる。母はここに、いるのだろうか? 「水沢 朝香という女性を探しているのですが……僕は水沢 累とイイマス」 「ああ、店長ですね。今お呼びしますので窓辺のお好きなお席にお掛けになっていてください」  彼女は俺の緊張とは裏腹に明るく軽い声で促すと、店の奥に店長を呼びに行った。  そう、俺の本当の、子供の頃に名乗っていた名前は「水沢 累」、妹の名前は「水沢 奈々」だ。父親に母親から引き離された後、中国では俺は「李 皓然」、妹は「李 依然」と名乗るように言われ、その名前を使っていた。そして中国から帰国した俺に与えられた名前は「桐谷 皓也」。俺は人生で三回も名前が変わっていることになるので、最早「水沢 累」が自分を指す名前だという自覚はすっかり無くなってしまって、自分をその名前で呼ぶと違和感がある。  この店はキッズスペースが大きく設けてあり、保育士の資格のある店員もいて子供を自由に遊ばせることができるようになっているらしい。全体的に温かみのあるインテリアと鮮やかな色の子供用遊具や絵本、知育玩具などがたくさん置いてあった。遊んでいる子供達は遊びに夢中になっており、母親から「もう帰るわよ」と言われながらも遊んでいる。  温かな店の雰囲気は俺の中の記憶の母親そのものであり、ここは間違いなく母親の経営している店だと確信すると同時に、これからやってくるであろう母親に何を話せば良いかまったくわからない。  何せ俺と妹が母親から引き離された後は、陰惨で陰鬱で 凄惨なことしか起こっていないのだから。  そう思っていると店の奥からものすごい勢いで女性が現れた。女性は息を切らしながら「累!?累なの!?」と俺に尋ねてきた。  年相応に老いた母の姿がそこにあった。俺は胸がいっぱいになってしまい何も言葉が出てこない。代わりに涙が雄弁に答えた。 「累……累……ああ、よかった……」  母も泣いていた。十八年の月日の間の会いたかったという感情が、今は涙として語られている。 「母さん……ゴメンなさい、奈々は……奈々は守れなかッタ。奈々は……殺された。あの男に……ゴメンなさい……」  ようやく、妹の死を母に告げることができた。母は膝から崩れ落ちながらも「そう……そうなの……でも……貴方は生きていてくれたのね……」と言った。  その様子を遠くで見ていた店員が驚いていたため、「その、母さんモシよければ場所を変えたいんダケレド」というと店の奥の事務所に通された。  そこは机とパソコン、従業員のロッカーがあるスペースで、バイトのシフト表などが貼ってある一般的なバックヤードだった。 「……私こそ、貴方達を守れなくて……あの男に渡してしまったことをずっとずっと後悔していたの……ごめんなさいね……本当にごめんなさい……!」 「母さんが謝るコトではない、ヨ。あの男の力は強大だったし、何もかもを奪う力があった。母さんは悪くナイ」 「子供を守るのが母親の役目なのに、貴方達には辛い想いをさせて、本当にごめんなさい……申し訳ないわ……!」 「いいんだ、本当に、もう。妹は墓スラない、けれどあの男ももうイナイ」 「あの男が……?」 「もう、この世に居ない。だからいいンダ」  母は全て理解したらしい。さらに号泣して言った。 「それって……ああ、本当にごめんなさい……貴方に結局全て押し付けてしまったのね……ごめんなさい……いくら謝っても謝りきれないわ……」 「僕は母サンが元気で居てくれて嬉シイヨ。僕は、今訳アッテ桐谷 皓也っていう名前になっているケレド、僕は母サンの子供デアルコトニハ変わりはないから」 「ありがとう、累。私を尋ねてきてくれて……私を憎んだこともあったでしょうに……」 「母サンを恨んだことナンテ一度もナイ。ただ、ずっと会いたかった」 「……ありがとう、ありがとう累……」 「今日はコノ辺で、お店のコトもあるだロウシ、また来た時に色々話ス」 「ええ、ええいつでも来てちょうだい」  一度に話すには、あまりにも重すぎる十八年間だった。だから少しずつ、少しずつ類から皓然、そして皓也の人生を伝えていきたい。 「嬉しすぎてコーヒーの一杯も出さなくてごめんなさいね。次に来た時にはこの店自慢のコーヒー飲んでいってちょうだい」 「ワカッタ。また来るネ」  そう言ってお互いに惜しみながら俺は店を辞した。  母親が生きていた。それだけでは埋まらない妹の死という悲しみもあるが、とにかく母親が生きていてくれて嬉しい。そしてこのことを一番に伝俺えたいのは、前原だった。  帰宅する頃には夜になっていた。相変わらず書斎で仕事をしている前原に、普段は声をかけたりはしないのだが、どうしてもどうしても聞いて欲しくて声をかけた。 「前原さん、今、忙シイ?」 「……いや、どうした?」 「ちょっと話がアル」  そういうと前原が書斎から出てきた。 「どうした話ってーー」 「母さんに、アエタ!」  そういうとまたポロポロと涙が溢れてくる。でも前原にとにかく伝えたくて、嗚咽でうまく話せないのがもどかしい。 「母サン、十八年前に別レタっキリ、今日ハナセタ、元気ソウダッタ……」  前原は俺を抱きしめると背中をさすってくれた。そして話を聞いてくれた。 「妹をマモレナクテ、コロサレタことも話した、けど母さんは僕が生きてイテクレテよかったって言ってくれた……。  前原さんが日本語オシエテクレテ、母サン、サガセタ。前原さん……ありがとう……!」  前原に対する感謝、十八年前の記憶の断片、失った妹、殺した父親……全てのことが一気に押し寄せてきた。昔近所に住んでいた家の犬が優しかったこととか、母親の経営する喫茶店が素敵だったこととか、話したいことはたくさんあるのに、全て涙になってしまい何も喋れない。  そんな俺の背中を落ち着くまで何度も前原はさすってくれた。  ソファに移動しながらぽつり、ぽつりと今日あった出来事を話す。前原は静かに相槌を打ちながら、話の途切れ目でウイスキーを取り出し、ロックにして渡してくれた。ウイスキーの味はじんわりと俺の心を穏やかにし、カランと溶ける氷と共に自分の心も溶けていくような気がした。  全てを話し終わると前原はゆっくりとキスをしてきた。ウイスキーの香る、心に染み込むようなキス。それに答えていくうちに段々とそれは激しくなり、絡み合う舌が痺れるような感覚がする。 「前原さん……」 「恭介って……」  呼んで、と吐息まじりに言われる。 「恭介……」  そのままソファに押し倒される。酒のせいか吐息がいつもより熱い。俺の涙はまだ流れっぱなしだが、どの道この後も別の意味で泣かされるので止める意味はないだろう。  恭介の手が俺の脇腹をくすぐり、乳首を弄り始める。最近は乳首をいじられるだけで性器はそそり立ち、後孔が疼くようになってしまった。恭介のせいで体が変化していくことに喜びを覚える自分がいる。 「はぁ……っ、ああ」  乳首を舐めたり甘噛みされたりする度に俺の身体は跳ね、どんどん昂っていく。 「恭、介、モット……こっちもシテ……」  自分から昂る性器を擦り付けると、恭介は優しく笑い、俺のズボンとパンツを脱がした。すると先走りを滴らせる俺の性器がぶるん、と飛び出してくる。 「すっかり乳首で感じるようになったな……俺がお前の身体を変えた……わかるか?」 「ウン……恭介、のセイ、……、お尻感じるヨウになったのも全部……」 「煽るなよ……っ」  恭介に変えられた身体は最奥にもう恭介の精液を欲しがっているし、何度も身体を重ねたソファでどういう体勢をとれば恭介を受け入れることができるか知っている。  俺はソファに手をついて尻を高く上げ、恭介にねだった。 「恭介、今日は、ハゲシク、して……っ」 「……優しく抱こうと思ってたのに、お前はほんと……っ」  恭介は若干乱暴な手つきで唾液で湿らせた指先を俺の後孔に挿入する。ぐちゃぐちゃと中をかき回され、クリュクリュと前立腺をいじられるとピュ、ピュと俺の性器は早くも軽く達してしまった。 「ああ、あっ、やっ、もう出ちゃッタ……ごめんなさい……」 「もうイったのか?すっかり中で感じる様になったな……」 「う、う……恭介の、セイだもん……」 「だからいちいち煽んなよ」  恭介はそのままぐるりと後孔を広げ、荒々しい手つきで自信を取り出すと俺の後孔にあてがった。 「入れるぞ……」 「ウン、ちょうだい……」  恭介の性器が俺の中にゆっくりと入ってくる。凶器のような熱と質量で俺を満たしてくれる。まだ全部が中に入っていない段階で、最奥がヒクつき、恭介の性器をどんどん飲み込んでいく。 「あ、あああん、あ……っ」  最奥まで恭介が到達すると俺の内部は恭介を食いちぎらんばかりの勢いで貪る。 「恭介、早く、動いテ……っ」 「……っ」  そう言うか言わないかのうちにもう俺は腰を振り始めてしまう。 「おいおい……っえらくはしたないな……っ」 「はしたないの……っ、オシオキ、スル?」  振り返って恭介を見ながら尋ねる。恭介は意地悪な笑みを浮かべ「そうだな……」と言うなり俺の尻を思い切り叩いた。 「あっ、イタ……っ、」 「痛いだけか?締まりが強くなったぞ?」 「ん、キモチ……っ」 「それじゃあお仕置きにならないだろ」  そう言いながらまた恭介が尻を叩く。それに合わせて律動も激しくなっていき尻の痛みと快楽の狭間でどんどん追い詰められていく。 「お前、今自分がどんな風に腰を動かしてるかわかるか?その辺の女よりエロい動きだぜ?」 「あっ、あっ、だって、恭介の、おちんちん、キモチ……っ、からぁ……」 「中はうねってるし最高にエロい……皓也」 「あっ、あぅ、あっ、も、出ちゃう……」  俺は腰を動かし貪欲に最奥に恭介の切先が当たる様にしている。もう俺の性器は限界を迎えようとしていた。 「だめだ、我慢しろ……一緒にイこう?な?皓也」 「あああっ、やっ、もっ、我慢できないぃ」  恭介がより激しく腰を打ち付ける。俺は性器だけでなく袋までパンパンになってしまっている。 「恭介ぇ、ハヤク、イキタイ……っ」 「俺もそろそろ……っ、イくぞ……っ」  恭介が最奥に熱い精液を放つとその刺激で俺も達してしまった。 「ああああっ、でちゃ、ああああっ」 「……っ」  恭介が最後の一滴まで精液を俺の中に注ぐと、俺の中からこぽ……っと恭介の精液が溢れた。 「……っ、」  その感触にすら感じてしまい、膝から崩れ落ちる俺を抱えて恭介は風呂場へ連れて行ってくれる。 「恭介……ありがと……」 「皓也……」  甘いキスを繰り返しながら風呂へ入り、ベッドに入ってからもずっとどちらからともなくキスをしながら眠りについた。

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