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第2話 ともだちの兄さん
僕に父親がいない事は学校の先生や同級生も知っていた。
それでいて、特に仲間外れにされる様な事はない。今時は片親の家庭なんて珍しくもないし、それを表立って虐めの対象にするのはあまりにも子供じみている。
6年生になる頃には、みんなの興味も千差万別で。
異性に対する興味は可笑しいくらいに際立っていたが、一人はキスという言葉に赤面するが別の男子はもう身体の細部に興味を示して精通もある。
個人差は見ていて面白かった。
僕の興味は、いかに人から優しくされるか、という事。
どんな言葉を云えばいいのか。どういう仕草をすれば人は自分に目をかけてくれるか。
卒業間近のある日、クラブ活動で仲良くなった同級生の家に遊びに行った。
名前は川北くん。色白で眼鏡をかけて頭の良い子だった。
僕が宿題で分からない所があると、カレは気前よく教えてくれる。
園芸部は、種を撒いたり花の水やりをしたりで、ほとんどは女子が多かった。その中で僕たち男子の役割といえば、重い土運びとかホースを仕舞ったりスコップを洗ったり。どちらかといえば泥で汚れる仕事をさせられている。
「まったく、昨日の雨で土がぬかるんでいるのに、どうして女子は種を撒きたがるのか.....。」
ランドセルを背負って帰り道を歩きながら、ぼやいている川北くんはズボンの裾についた泥を手で払う。
「仕方ないよ。もうすぐ卒業だし、今のうちに種を撒いて卒業式までに芽が出るところを見たいんだもん。」
僕は自分の足首や膝についた泥を手で擦りながら云った。
「おかげで泥だらけだよ。絶対母さんに叱られる。」
まだ文句が尽きない様で、僕は隣を歩きながらクスクス笑ってしまった。
「大原くん、良かったらうちで足についた泥を落として行かないか?そんで、母さんに話してよ。女子がわがまま言って僕らはとばっちりで泥んこになった事。」
そんなにお母さんに叱られるのが怖いのかな。
うちのお母さんは多分気にしない。っていうより、自分で洗濯機に入れて洗うから、泥がついている事も知らないままかも。
「いいけど、......お邪魔してもいいの?」
「いいよいいよ。今日は兄ちゃんも早く帰って来る日だし、良かったらゲームしない?」
「うん、......じゃあ、そうする。」
川北くんの家に行くのは初めて。
お母さんには授業参観の日に会って挨拶した事があった。
ベージュのスーツを着ていておとなしそうな人だったな。うちのお母さんとは正反対のタイプ。
うちは今まで参観日なんて来た事はなくて、家庭訪問の日も家の外で先生と5分くらい話すだけ。先生もあっという間に報告だけして帰って行くような感じだった。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
玄関のドアを開けて声を掛けると、中から「おかえりー」という優しい声がした。
おかえり、という言葉を訊いたのはいつ以来だったか。多分自宅ではない。同級生の誰かの家にお邪魔した時、やっぱりこういう声が帰って来たと思う。うちは最近お母さんの出勤時間が早くなって、僕が戻る頃には家にいない事の方が多かった。
「友達の大原くん。園芸クラブで泥がついちゃって........。足、洗ってもいい?」
「あらー、大変。いいわよ、大原くんも一緒に洗ってきなさい。良かったら新しい靴下あげようか?」
川北くんのお母さんはピンクのエプロンで手を拭きながら云ってくれる。
「あ、靴下はいいです。足だけ洗わせてもらえたら。」
「そう?じゃあ、タオル出しておくから。」
「はい、ありがとうございます。」
二人で洗面所に向かうと、川北くんがランドセルを廊下に置いてくれて、僕は風呂場に入るとシャワーの湯で泥の付いた足を洗った。
川北くんはそのまま着ていた服を脱ぐと、脱衣カゴに入れて下着のまま風呂場に入ってくる。
ハーフパンツの僕は、腿の付け根までパンツの裾をたくし上げて膝も洗った。
交互に洗いあうと、なんだかおかしくなって浴室に反響するぐらい笑い声は響く。
その後で、何故か川北くんのお母さんがハーフパンツを洗って乾かしてくれるといい、僕はお言葉に甘えて乾くまでの間パンツの上にバスタオルを巻いた格好でゲームをする事となった。
川北くんの部屋でゲームをしていると、「あつしー、もう少しゲームの音小さくして。」と云ってお兄さんが入って来た。
「あ、はじめまして、大原です。お邪魔してます。」
「ああ、どうも」
川北くんのお兄さんは高校一年生だという。
4歳違うと随分大人に見える。それに体格も良くて、僕の背より20センチは高いだろうと思った。
「悪い、じゃあ、ゲームはやめてDVD観ようか。」
そう云うと、棚からDVDを取り出すが、階下でお母さんに呼ばれて部屋を出て行ってしまった。残された僕はバスタオルの裾をギュッと握りしめて、そのまま部屋から出て行かないお兄さんに見つめられていた。
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