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第15話 小さな欲望

 僕の境遇を詳しく話さなかったのは、きっと住む世界が違う人だと思ったからで。 この綺麗な店長さんには、何の苦しみも悩みもない様に感じた。でも、それは僕の人生経験が浅かったから。  カレの名前は小金井さんといった。下の名前まで教えてはくれなかったが、僕が冬休みにバイトをしたいと云えば受験勉強をしろと云われ、来年はこの隣駅にある美容専門学校に通う予定だと告げた。 「僕、絶対受かるんで、そしたらこの店でバイトさせてもらえないですか?」  自分でもしつこいと思う。でも、何故だか引き下がれなくて、どうしても小金井さんと一緒に居たいと思ってしまった。 「それまでこの店があったらな。」と、軽くかわされたのは仕方がないが、その時の表情はちょっと悲し気だった。  仕方なく諦めて店を後にした僕の背中に、なんとも言えない視線を寄越す小金井さん。 それを感じながら、でも振り返ってみる事は出来なかった。なんだろう、凄く悲しい眼差しを向けられている様な気配がする。  * * *   秋の気配がする頃。母親からの連絡は未だになくて、僕も流石に安西さんの家には居づらくなった。特に何か云われたりされたりはなかったが、目に見えて怠惰な生活をしている安西さんが哀れに思えてくるし、それが僕の母親のせいだと思うと居たたまれない。いくら図々しい僕でも、のうのうとこの家で暮らす事は出来なかった。 「悪いんだけどさ、暫く泊めてくれないかな。」  昼休み、いつもの様に音楽室で休憩する友人に訊いてみる。 「.....いいけど、何かあった?」  朝比くんが僕に訊ねて、その隣で木村くんも不思議そうな顔をしている。 「実は、......母が家出しちゃって、.....再婚相手と僕の二人暮らしをしているんだけど、流石に気まずいっていうか、.....ほんのしばらくでいい。ずっとって訳じゃないから。2,3日でもいいんだ。」  二人は互いの顔を見合わせていたが、やがて木村くんが「俺の家は父親と二人暮らしだけど、大原が良ければ泊まりに来てもいいよ。」と云ってくれた。 「オレん家は兄妹がいるからなー。ごめん、一日くらいならいいけど。」  朝比くんもそう云ってくれて、僕は嬉しくなって「ありがとう、恩に着るよ。」と声をあげた。  次の日の晩から、僕は木村くんの家に居候させてもらう事にした。 木村くんの父親は大型トラックの運転手をしていて、長距離の場所に荷物を運ぶ事もあり家にいない日もあるらしい。 「料理は任せて。僕、中学から母親に代わって料理を作ってたから。結構自信はあるんだ。」 「マジで?.....良かったー、オレは苦手だから助かるよ。」  屈託のない笑顔で云われて少し嬉しかった。木村くんの役に立てる様にしなくっちゃ。  夕飯は、冷蔵庫の中の残り物でチャーハンと中華スープを作って振舞えば、木村くんのお父さんも喜んでくれる。 「大原くんが女の子だったらよかったのにな~。コイツの彼女だったらすぐに嫁に来てもらうのに。」 「おい、何云ってんだよ、......」  二人の会話に笑顔を向けるしかない僕。だって、木村くんが朝比くんを好きな事を知っているから。だけど、それは二人の秘密で、僕が知っている事を木村くんは知らない。 お父さんにあんな事を云われて、どんな気持ちなんだろう。  同性同士の恋愛って、今まであまり考えた事はなかった。 川北くんのお兄さんと僕の関係も、恋愛ではないし......。 そういえば好きになった人なんかいなかったかも。  ただ、強いて言えば僕の気になる人はあの『小金井さん』だけだった。 あの人の印象だけは強烈に僕の中に広がっている。

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