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第19話 こんな形で?
朝比くんと木村くんは、昼過ぎに起きてくるとリビングにいる僕を見てバツが悪そうに下を向いた。その顔を見てピンとくる。多分最後までは出来なかったんだろうな、と。
「おはよう。朝食用にハムと玉子のサンドイッチ作ったけど、良かったら食べて」
敢えてにこやかに声をかける僕。
「あぁ、おはよ。ありがとう」
「ありがとう」
二人はぼそぼそと云いながらキッチンへ向かった。
色々とアドバイスしてあげたい所だけど、それじゃあ僕が経験者だって分っちゃうし、そこまでしてあげるのも変な話。ああいう事は、互いになんとかするしかないって思ってる。
僕は食事の用意をしてあげるだけで、二人の事には触れない様にした。
木村くんたちも特に話しては来なかったし、暗黙の内に僕らの中では解決済みの案件となった。
「朝比くんの家族は何時に帰って来るって?」
「あー、3時頃かな。」
「じゃあ、僕は片付けたら帰るから。」
「あ、うん、......、木村は?」
「......えーっと、3時頃帰ろっかな。」
その言葉通り、暫くはテレビの話題について話していたが、僕は片づけを済ますと「じゃあ、お先に。泊めてくれてありがと。」と云って朝比くんの家を出た。
安西さんの家に戻るのは気が向かない。でも、毎日泊まり歩くわけにもいかなさそう。
仕方なく戻った家には、人の気配がなかった。多分、またパチンコかなにか.........。
まあ、気を使わなくていいのかもしれない。安西さんも僕の事をどう扱っていいのか困っているんだろうし。母親が戻って来るというなら話は別だが、あの人は多分安西さん同様僕の事も捨てていったのさ。
夜になって帰って来た安西さん。でも、僕の部屋に顔を出す事はなかった。
食事を済ませてシャワーを浴びて、後は寝るだけの僕は、今夜もひとりで長い夜を過ごす。
* * *
朝になって、いつも通りの電車に揺られ通学路を歩いて行く。
途中、大きな川があって、その土手に咲く彼岸花を目にする度に小学生の時の事を思い出した。
あの花が綺麗だと思ったのに、母親には気味が悪いと捨てられてしまって。調べたら、彼岸花の根には毒があるらしい。それを訊いてからはあまり近寄らない様にしていた。
学校の制服を来た生徒がちらほらと歩く中、土手の先の方で立ち止まる姿が見える。
なにか見つけたんだろうか。気になって通りすがりに目をやると、人の横たわっている姿が見えた。
『酔っ払いか?』『死んではいないみたい』『警察呼ぶ?』『放っておけよ』『気持ちわりぃ』
生徒たちの声が耳に入って来るから、僕も気になってじっと目をこらして見てしまった。
男の人で、白いシャツの長い髪の、.......ヒゲ、......
え?......あの人って、........
彼岸花が群生する土手に埋もれる様に横たわっていたのは、あの、小金井さんだった。
目を擦りながら近寄って行くと、やっぱりあの人で。
「小金井さん、......小金井さん、」
何度か名前を呼ぶと、少しづつ瞼が開く。
視点の定まらない、虚ろな瞳が僕を見上げた。
「.....どうしたんですか?こんな所で寝てたら不審者だと思われますよ。」
「......あれ、.....キミは、......おーはら、くん?俺、どうして此処に?」
「さあ、......?」
それは僕の方が訊きたいよ。こんな朝っぱらから、お花畑にしては薄気味悪い花に囲まれて眠っているなんて.....
手を差し伸べて上体を起こさせると、「おーはら君はどうして此処に?」と訊いてくる。
「僕、港南工業高校の三年ですから。ここは通学路なんです。」
「ぁ、.....そうか、俺も、港南だったっけ、......」
彼岸花の咲く土手で、しゃがみ込んで話す僕らを遠巻きにして通り過ぎる生徒たち。
ジロジロと見られているが、僕はそんな事よりあの小金井さんがどうしてこんな姿になっているのかが不思議でたまらなかった。
「この花、毒があるんですよ。ここにいるのは良くないと思うなぁ。」
そう云った傍から、何故か手元の花を摘んで「本当にあるのか確かめてみるかな。キミが見ててくれるなら死んだっていいや。」だなんて、口もとに持って行こうとするから慌てて手を払ってしまった。
「バカな事!やめてください!!酔っぱらっているんですか?」
いつになく大きな声を出してしまうと、小金井さんの腕を引っ張って立たせる。
服が泥だらけで、おまけに裸足で歩いていたのか、足も傷だらけだった。
いったいどうしたというんだろう.........
今日の小金井さんは、ショップで見かけた人とは別人の様に、覇気がなく今にも死んでしまいそうな程弱々しく見えた。
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