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第20話 憧れの人は.....
ボロボロになった小金井さんを見て、何か得体の知れない闇を感じた。
手を引いてどうにか立たせると、裸足の脚に僕の体育館シューズを履かせそのまま通り迄出た。
「タクシー捕まえて帰りましょう。」
「え、......きみ、学校、......」
僕は小金井さんの言葉を無視すると、やって来たタクシーに手を上げる。
「三田駅の近くまで。」
そう云って運転手に伝えると、横で小金井さんは観念した様に身体を僕に預けた。
車の中ではずっと手を握っていた。
この手を離したらダメな気がする。窓の外を遠い眼でぼんやり眺めながら、沈黙する小金井さんの身体が小刻みに震えていて、それが僕にも伝わってくると息苦しくなる。
どうにか、家のある場所を運転手に伝えた小金井さんとタクシーを降りた。
一軒家の門扉には『桂』と書かれた表札が。
「ここって......?桂ってなってませんか?」
不思議に思って訊いてみるが、「ああ、いいんだ。ここが俺の家。」と云って中へ入って行く。
僕も仕方なく入ろうとした時だ。
「チハヤ?!......どこ行ってたのよ!!探しちゃったじゃない!!」
背中から大きな声で女性が怒鳴るからビックリした。
小金井さんはその女性が誰か知っているみたいで、振り返ると「あ、ごめん。」と謝った。
「こちらは?」
僕を見ると女性が訊ねる。高校の制服のまま、小金井さんといるって事が不思議なんだろう。
「えっと、僕は大原といいます。小金井さんのお店に行った事があって.....」
なんと云えばいいのか分からなかった僕が小金井さんを見る。
「おはよう、えっと、.....ごめんなさいね。ちょっとゴタゴタしてて。」
女性はそう云うと申し訳なさそうに僕を見た。
「ああ、いいんです。僕はこれで.....学校に戻ります。」
そう云って会釈をして離れようとした時だ。
「待って。ちょっと待ってて。.....とにかくあがって頂戴。あたしの家じゃないけど、今はいいから。どうぞ、........千早も早く。」
「.....あ、はい」
訳が分からず勢いに押されて、言葉通りに家に上がらせてもらう事になる。
「ちょ、っと、何?足、傷だらけじゃない!.....あたし、家から消毒薬と包帯持って来るから!とにかくあがって待ってなさい!」
急に小金井さんの脚を見て声をあげると、女性はどこかへ行った。
小金井さん、名前はチハヤっていうんだ。
あの人はお姉さんか........。
「ごめんな、付き合わせちゃって。」
僕に謝ると脚を庇うように歩く。
「いいですよ。とにかく風呂場で足を洗いましょうか。」
「.....ん、」
泥の付いたズボンを脱いで浴槽の淵に腰掛ける小金井さんの足にシャワーの水を掛けた。
指で泥を落としながら痛くないかと訊くが、「大丈夫」という。
丁寧に泥を落として、痛くない様に洗い流していると、ふいに僕の頭に小金井さんの手が伸びてくる。
指先で髪の毛を摘むと、小金井さんはそれを擦る様にしてぼんやりと眺めていた。
僕にはそれがどんな意味を持つのか分からないが、今は足の方に意識は向けられて、キレイにしてあげたいと思うだけ。
やがて戻って来たお姉さんから声が掛かって、僕たちは居間に向かう。
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