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第24話 期待外れ
僕にとって、小金井さんに近付けた事はラッキーだった。
もちろんあんな状態だったから、だろうけれど.....
あの人の手の感触は今も僕の肌に残っている。
長い指先。少しざらついた顎の髭が僕の肩を掠めて首筋に当たると、くすぐったい様な気持ちいい様な......。そんな感覚の中で、無理やりこじ開けられて痛みはあったが、すぐに喜びに変わったのは僕があの人を受け入れたかった証拠。
あれから暫くその感触だけで生きてこれた気がする。
相変わらず母親の行方は分からないまま。安西さんは警察に連絡しようか迷っていた。
でも、僕は店のお金を持ち逃げしたという事が公になるのはマズイと思った。それに、店も被害届を出さないっていう事は、きっと公になったらマズイ事が他にもあるのだと思う。
母親が自ら出てこない限りは、どうしようもない。
母親が残した金には手を付けない様にしたくて、僕はアルバイトを探し始める。
ウリばっかりもしていられないと、手当たり次第に応募したが、美容専門学校に行く予定の僕はこの際美容院でバイトが出来ないかと、小金井さんの店の近くの美容院で聞いてみる事にした。
幸いに、系列の店での募集があって、そこに応募した僕は面接をしてくれるというオーナーに出会う機会が持てた。
面接は三田駅近くの本店。小金井さんの店の近くだ。
「失礼します。今日、面接に伺った大原です。」
広い通りに面した店は、1、2階が店舗。上はマンションになっていて、事務所にも使っている部屋があるという。店に入ってカウンターの女性に告げると、にこやかな笑顔で2階を案内された。
緊張したが、通された2階の部屋で待っていると、パタパタという音と共にドアが開く。
「やあ、いらっしゃい。」
現れたのはオーナーの天野さんという男性。
なんというか、整った顔立ちに白シャツで紺色のチノパンを穿いてシンプルな装いだったが、何故か足元はサンダル。裸足に革靴、というスタイルは見かけるが、この服にサンダル履きは意外だった。それともこういうファッションが今時なんだろうか?
「はじめまして、大原です。」
立ち上がって自分の名前を云うが、ニコッと目を細めて座る様に手で合図されると、僕はもう一度腰を降ろした。
「高校生だね。もう進路は決まっているとか?」
「はい、近くに出来た美容専門学校に行く予定です。」
「そ、美容師目指してるんだね。だからうちでアルバイトをしたいと。」
「はい。」
オーナーは僕の履歴書に目を通しながら訊く。その眼差しが僕には優し気に映った。だから、少し期待をしたんだけれど.....
「どうせ美容師になるつもりなら、取り敢えず高校生のうちは別のバイトでも良かったんじゃない?他にも接客業はいっぱいあるし。」
オーナーは、僕の顔をじっと見つめると訊いてくる。
「はい、前に雑貨とか服を扱っている近くのショップで訊いたんですが、生憎バイトは募集していないって云われて。そこは暫く店も閉まったり開いたりしてたんですが.....。僕、ファッションにも興味があったので。」
「近くの、........あぁ、.......そうか。......残念だったね。」
オーナーの天野さんは店を知っている様な口ぶりでボソッと呟くように云う。
「う~ん、キミ可愛いし、受け答えもしっかり出来るから、店にいてくれると嬉しいんだけどね...。高校生か、.......ちょっと早かったかなぁ。せめて美容学校に行ってからならオーケーしたんだけど。」
ちょっと残念そうな表情になると、そう云って頭を下げる。
「あ、........そうですか。.......分かりました。」
結局バイトは無理って事じゃないか。
わざわざ呼んでおきながら、高校生は無理って.......。
初めから期待させないでほしいと、ちょっとムッとした顔になったであろう僕の顔を見て、天野さんはもう一度ニヤッと笑った。
「ごめんね、わざわざ来てもらったのに。学校に受かったら是非もう一度面接に来てヨ。」
「.......はい、有難うございます。じゃあ、失礼します。」
お礼を云うと頭を下げてドアから出て行ったが、内心はちょっと腹立たしいと思っていた。
時間の無駄だったじゃないか。.......何なんだよ。
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