27 / 42
第27話 この人が....?
「いいんですか?」
もう一度言葉の意味を確かめたくて訊いた。
「ああ、暫くならな。俺だってあそこを出なきゃならないんだ。家主がいないんだからな。」
そう云うと肩を落とす。あの家の桂さんという人は亡くなって......。小金井さんのカレシだった人の家で今も暮らしているんだった。でも、そうか、あそこを出なきゃならないんだ.....。
「手伝います」と云うと、棚に布を広げて商品を覆っている小金井さんの元へ寄った。
小金井さんの背中は寂しそう。この間は深く訊けないままだったから、どういういきさつで亡くなったのかは知らない。でも、あんな状態になるぐらい、小金井さんはその桂さんという人を愛していたんだ.....。
小金井さんの後に付いて行くが、あの家から店までの距離は歩いて行ける程のもの。この道を毎日通いながら、この人はどんな気持ちでいたんだろうか。恋人が亡くなって、それでも今は店もオープンしている。バイトも雇って、普通の生活に戻ったんだろうか.....。
思いめぐらせていると、「あっ、食うものないかも!.....コンビニ寄って行くか?」と振り向いて訊いてきた。
「冷蔵庫に何もないんですか?」
「あー、残り野菜とかハム、ベーコン、玉子くらいはあるかな。うちの実家に行ってもいいんだけど、どのみち期待は出来なさそうだし...」
「僕が作ります。材料があるなら残り物で何か。」
それを訊いて小金井さんは不思議そうな顔をしたが、「そうか」というとそのまま歩き出す。
『桂』という表札のかかった家屋に入ると、早速僕はキッチンに行く。
冷蔵庫を「失礼します」と云って開けると中を覗いた。
意外にジャガイモやニンジン、玉ねぎなどの常備野菜はあって、それとハムやベーコンを刻むと炒めてから鍋に固形スープの素を放り込む。
いつもの簡単なスープを作ると、洗った米を入れた。
「え、そこに米を入れるんだ?」
後ろに居て僕の様子を見ている小金井さんが訊いた。
「リゾットですよ。溶けるチーズとかあったらいいんだけど.....無いですよね」
「あー、無いな」
ちょっと残念そうに眉を下げると、椅子に座った。
鍋を焦がさない様に見つつ、オニオンフライとゆで卵も作ると皿に盛りつけるが、小金井さんは僕の顔を眺めてはちょっと驚いている様だった。
僕にとって料理は生きるためのもの。自分で作らなきゃ作ってくれる人はいなかったから。
母親のせいで.....、と思ったが、これは僕の得意分野になってて、それはそれで良かったのかもしれないな。
「出来ました。あっちで食べますか?」
「ああ、....そうだな、美味しそう....」
居間のテーブルに料理を運んで、向かい合うと早速リゾットに口を付けた小金井さん。
「うん、美味いなー、コレ。美味いよ。」
何度も云いながらスプーンを運ぶ。それを見たらちょっと嬉しくなった。僕の料理を好きな人に食べて貰うのは初めての気がして.....。
こんな状況で変な感じだけど、此処に来れて良かったと思った。
小金井さんが衝動的に連れて来てくれたとしても、今はどうでもいい。
この人の傍に居る事が出来るなら、どんなに哀れな少年だと思われてもよかった。
美味しそうに食べている小金井さんの顔を見ていると、僕は幸せを感じていられる。
.......でも、テレビ台の横からは、棚に飾られた写真立ての中の人が僕らをみつめる様に笑顔を送っていた。この人は『桂さん』だろう。この間来た時には無かった気がする。
僕は、視線を感じつつも小金井さんの顔だけを見つめていた。
ともだちにシェアしよう!