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第30話 平穏な日常に
一緒に暮らして半年経った。
最近は二人でご飯を食べたり話したり、普通に生活をしている事が自然になってきている。
始めの頃は、棚に置かれた桂さんの写真を見るのが辛くて。
でも、小金井さんの手前平気なふりをして花の水を変えたりするうちに、僕の中で徐々に気持ちは変わってきた様に思う。相変わらず小金井さんが僕に触れる事はない。それでも金の為に身体を売る様な事はするなと云われ、それじゃあ僕の性欲はどうしてくれるのかと、それを小金井さんに訊いても答えてくれなくて......。
僕は、入学してから専門学校の友人と遊びに行く時間もなくアルバイトに精を出していた。
美容室の下働きはそこそこ楽しくて。カットした髪の毛を集めて取ったり、洗い物をしながらも
スタイリストのカットしている姿を見る事が出来た。
「ジュンくん、今日はもうあがっていいよ。」
声を掛けてくれたのはスタイリストの一宮さん。ベリーショートヘアの女性で一児の母らしかった。
「はい、じゃあ、ゴミ袋を出して来たら終わります。」
「今夜はオーナーと千早さん、飲みに行くらしい。知ってた?」
「いいえ、......今朝は何も。オーナーが誘ったんですかね?」
「そうでしょー、千早さん、最近元気になったって喜んでたし、きっとオーナーも嬉しくなっちゃって誘ったんじゃない?いいじゃない、ジュンくんも今夜は羽根伸ばしちゃいなよ。」
一宮さんはそう云ってニヤッと笑った。でも、羽根を伸ばすったって.........
「酔っぱらって帰って来なきゃいいけど......。まあ、僕はいつもの感じで過ごしますよ。」
「もー、真面目ちゃんなんだからー。」
「真面目ちゃんって、.....ハハハ」
背中に浴びた言葉にちょっと申し訳なさを感じながら、僕はゴミ袋を抱えると「お先に失礼しまーす」と云って店の裏口から出た。
小金井さんも漸く日常を取り戻せたのかな。
それはそれで嬉しい事だけど...........。
家に戻る途中、小金井さんの店の前を通るとやっぱり電気は消され閉まっていた。
時間を見るともう閉店時間は過ぎている。僕は携帯を取り出すと通知を確認した。
「........留守電も入ってないし!.....ったく、........」
独り言を云いながら家までの道をダラダラと歩いて帰るが、カギを開けて家に入るとドッと疲れが出る。バッグを置いてキッチンの椅子に腰掛ければテーブルに突っ伏してもたれ掛かった。
なんか食欲も無くなったな~
小金井さん、ちゃんと食事してからお酒を飲めばいいけど......
たまに、一人で縁側に座って飲んでいる姿を見ると、何処を見つめているのだろうかと心配になる。庭の木蓮の樹が寂しそうで、時折枝の伸びる先を見つめては天を仰いでいた小金井さん。
その先には、きっとあの人が居るんだろうな.......。
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