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第33話 愛が欲しいよ

 小金井さんとの一夜は、僕の中で宝物になった。 カレが僕を好きでなくても、触れられた事に喜びを覚えるし、またあんな日が来る事を願うばかり。そう思いを巡らせながら学校に着くと、同じクラスの女子で【夏野美冬】さんに声を掛けられる。 「大原くん、おはよう。何ニヤついてんのよ」 「おはよう。.....別に、....」  軽くかわそうと思ったのに、僕の後に付いてくると隣に並んだ。  夏野さんはモデル体型で、身長も僕より10センチは高い。 ストレートのロングヘアは、カットモデルをする為に伸ばしているという。 噂では雑誌のモデルもやっているとか.....。 そんな彼女が僕に話しかけてくるのは、背の低い僕をからかいたいだけだと思った。 「ねえ、大原くんて彼女いるの?」 「........え、なんでそんな事答えなきゃいけないの?訊いてどうするの?」 「やー、もしいたら彼女が可哀そうだなって思ってさ。」 「は?.....どういう事?」  もちろん彼女はいないけど、そういう言い方をされるとなんだか腹が立つ。 「大原くん可愛いじゃない。だから、普通の女の子は隣に居たら翳んじゃうんじゃないかって思って。......いるの?どんな娘?」 「.........答えたくないよ。僕を可愛いとか、小学生じゃないんだからちっとも嬉しくない。」  そう云うとどんどん先に歩いて行く。 高校は男子校だったから、こういう女の子に出会わなくて済んだけど、美容の専門学校にはこういう娘が多かった。あと、チャラい感じの男も多くて、住んでいる世界が違う僕としては、つるみたくない人種。  けど、よくよく考えてみると、小金井さんもオーナーの天野さんも、僕の周りの大人たちはチャラい人が多いんだった。...........これは僕のせいじゃないよね。  授業が始まると、教科は至って真面目な内容だし、高校生の時と変わらない。 でも、実習になるとそれぞれの個性が出てくる。  最近はウィッグを使ってカットの練習もしているが、バイトの店のスタイリストの様にハサミさばきが上手くなるといいんだけど。これは練習あるのみだな。  さっき僕に話しかけて来た夏野さんも、真面目に授業は受けている。それに、彼女は手先が器用で、いくつもの課題をすんなりとこなしてしまうから、余計にムカつくんだ。  昼休みになると、何故か僕の両隣りに女子が座って。 来る途中で買ってきた菓子パンを頬張るが、気になって仕方なかった。 「ねぇ、ねぇ、大原くん。」 右隣の女子が僕の名前を呼ぶ。 「........何か?」 「聞いたんだけど、大原くんって彼女いないんだって?」 「は?誰から......」  そう云って、今朝の夏野さんとの会話を思い出す。別にいるともいないとも云ってないんだけれど.........。 「良かったら私と付き合わない?」  直球の誘いに驚いた。っていうか、女の子からの告白みたいなのは中学時代にも経験はある。でも、みんなモジモジとしながら話して来るから、そこはカワイイなって思ったのに.....。  これはあまりにも可愛さがない。ド直球過ぎるし、第一全く好みのタイプでもない。 「悪いけど、.....好きな人がいるので。」 「え、マジ?.....うわー、話しが違うじゃん。」  そう云うと、左隣の女子を連れて僕の前から去って行った。  ........いったい何なんだよ。揶揄ってんのか?ムカつく!  入学以来、親しい生徒はまだ居なくて、なんとなく遠巻きにされている気がするし、自分から近寄って行く性分じゃなかった僕は、お昼もほとんど一人。 それに、ウリをしていた事もあって、なんとなく自分の過去の話しとかをする気にもなれなかった。高校時代に親しかった二人とも、バイトがあって会う機会はなかった。  結局、僕に友達と云える人間はいないんだよな。 ただ、それを悲しいと思った事はない。僕にとって今必要なのは、小金井さんただ一人。  小金井さんの愛情だけが、僕の欲しいものなんだけど............。 それは桂さんが天国まで持って行ってしまったから、僕には手の届かないものになってしまった。

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