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第36話 家族
朝になると、二階へ行って小金井さんのベッドの布団を剥した。
もちろんぐっすり眠っているからビックリはするんだけど、僕の顔を確認すると又目を閉じてしまうから、その時はキスをしようと顔を近付ける。
「あ~、もうっ!起きるって!!」
顔が近づくと、そう云って僕の顔を腕で押しやるからちょっとショッなんだけど......
今朝もキスは失敗。
「朝ご飯、ちゃんと食べて下さいね!」
それだけを云い残すと、僕は階下に降りて行き自分の支度を始める。
教科書と実技で使う道具をバッグに詰め込んで、急いで食べた後の食器をシンクに浸けて。
一応部屋の中を見廻すと、ポケットに入れたカギを確認して玄関へと向かった。
「いってきまーす」
扉の隙間から二階に向かって声を掛けるが、やっぱり返事はない。
* *
いつもの様に学校が終わって店に向かうと、今日はアシスタントの人がカットモデルを連れて来て練習をするという。
「カットモデルって誰でもいいんですか?」
スタイリストの人に聞いてみると、「うん、友達とかでもいいし。でも、大抵は街中で見つけてくるんだよね。」という。
「え、知らない人を?」
「そうよ、声を掛けてカットモデルになって貰えませんか?って訊くの。」
「えーーー、不安。そんなの、モデルになる方もビクビクしちゃいませんか?」
「まあね、でも、中には無料でカットしてもらってラッキーっていう人もいるよ。それに、最終的にはちゃんとスタイリストが仕上げるし。」
「......ですよねー。なら安心か。」
「ジュンくんも、いつかカットモデルを連れて来る日が来るんだよねー。その時は私が仕上げをしてあげるね。」
「はい、よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げて、鏡の前で緊張しながらカットをするアシスタントの手元を見た。
練習はしているけど、やっぱりお客さんの髪は緊張するよな。
僕もいつかこうしてカットできる日が来るんだな。なんて、遠い先を思い描いてしまう。
バイトが終わって家に戻るが、いつもより少し遅くなって小金井さんの食事が気になった。
が、家には誰も居なくて。居間のテーブルに置かれた紙が目に入ると、それを手に取って見る。
小金井さんの文字で、戻ってきたら実家の花屋に来いと書かれていた。しかも、晩ご飯はお寿司って書いてある。
------やったー。
心の中で飛び上がると、急いでバッグを置いて小金井さんの実家の花屋に向かった。
徒歩5分としない場所にあって、3階建てのビルの一階がフラワーショップになっている。
二階から上が住居になっていて、前にも二回ほど来た事があった。
「こんばんはー」
二階の玄関を開けると、一応声を掛ける。
「ジュンくん?いらっしゃい。入って入ってーーー」
お母さんの声がして、リビングに顔を出すと、そこには既に小金井さんがビールを飲んでいる姿があった。
「おーはらが来ないと寿司が食えないんだよ。早く座れ。」
小金井さんに云われて隣に腰を降ろす。
テーブルの上には大きな器に入った寿司がぎっしり。それがふたつ用意されていて、小鉢を渡されると小金井さんが甘エビの握りを入れてくれる。
「いただきまーす。......今夜は何かお祝いですか?」
小声で小金井さんの耳元で訊くが、少し首を捻っただけで返事はなかった。
暫くして、小金井さんのお父さんがテレビを消すと箸を置いた。
僕は食べていた三個目の甘えびを急いで呑み込む。
「実はな、九州の爺さんから電話があって.......」
と話された内容は、おばあさんがボケてきた事で不安になったおじいさんが、小金井さんの両親に帰って来て欲しいという内容だった。
九州の人だったのか、と初めて知るが、お父さんはおおらかな性格で、小金井さんに云わせるとあまり花屋の仕事はしていないらしい。商店街の集まりとか、飲食店に営業をかけるのが仕事って話していた。
「塔子にこの店を任せようと思うんだ。」
お父さんがそう云って、小金井さんもそれは納得している様で。塔子さんはお姉さんだけど、旦那さんが事故で亡くなって今は息子と二人暮らし。
フラワーアレンジメントの資格を取ったと云っていた。
僕は、目の前で交わされる会話をただ黙って訊いているだけ。
これは家族の話しだ。この先の事とか、お姉さんの事、息子の謙ちゃんの事。
僕が混ざって訊いてもいいのかな、と思ったら、小金井さんの部屋の荷物を出すからと云われ、それで桂さんの家も出なきゃならないし、部屋を探していたという事を訊かされた。
「え、決めてる部屋があるんですか?」
「ああ、......おーはらも一緒に引っ越せばいいよ。ただし、お前が成人するまでな。その後は一人で食っていけるだろ?」
「..........」
最初、声が出なかった。オーナーのお世話でどこかアパートを探してもらえるとは思っていたけれど、まさか小金井さんと一緒に暮らせるだなんて.....。
「嬉しいです。ありがとうございます」
涙が出そうなのを堪えると、僕はみんなの顔を見た。
僕に向けられた顔が、みんな微笑んでいて、そこに家族の顔があって嬉しかった。
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