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第41話 家出
初めて見る小金井さんの苦痛に歪んだ顔。
いや、初めてじゃない。あの日、彼岸花の咲く土手で小金井さんをみつけて連れ帰ったあと。
放心状態だったのに、急にこんな顔になって。その後で僕は初めて小金井さんに抱かれた。
僕はどんな状況でも触れてもらえて嬉しかったけれど、小金井さんは苦痛に顔を歪ませて泣きそうな瞳で僕を見た。
とんでもない事をしてしまったのだと思った。
「.....ごめんなさい。嫌でしたよね。」
そう云って謝るが、何も云ってはくれない。
「タオル持って来ますから、そのままいてください。」
そう言い残すと、僕は慌てて部屋を出る。階段を駆け降りて下の洗面所に行くとタオルをお湯に浸して絞った。それを手に持つと、また二階へと駆け上がって行くが、ドアを開けるまで心臓がドキドキして怖かった。
小金井さんに嫌われたらどうしよう.....。そればかりが心配になる。
でも、ドアを開けて中に居る小金井さんの顔を見たら、さっきの泣きそうな顔ではなくなっていて、少しだけホッとする。
「身体、拭きますね。」と云うと、タオルで背中を拭き、さっき自分が汚してしまった部分に目が行くと、また申し訳ない気持ちになった。
「......おーはらも、ちゃんと恋人を作れよ。若いんだし、これから楽しい事も出来る。そういう人が出来たら、俺も少しは援助してやるから。」
小金井さんは、僕の顔も見ずにそう云うと、すこし笑みを浮べている。
一瞬、背中を拭く手が止まってしまった。小金井さんの肌に伸ばした手は、力無く空気を触っている様だった。
「......はい。」
ひと言だけ云うと、僕は身体を拭き終ったタオルをまとめて抱え、部屋から出て行く。
階段を降りきったところで僕の心のダムは決壊して、両眼からは滝の様に涙が溢れ出た。
援助してやるって、...............?
あんな言葉は聞きたくなかった。僕の事は好きになってくれなくてもいい。でも、ずっと傍に置いてくれたらいいのにと、それだけを願っていた。なのに......
まだ、出て行けと云われた方がマシだ。
一晩中、自分の布団の中で枕を濡らすと、僕は決心をする。
此処を出て行こう。取り敢えず学校に行って、泊めてくれそうな人を探すしかないと思った。
小金井さんの顔を見ずに、デイバッグに荷物を詰め込むと、買ってもらったスニーカーも袋に入れて仕舞う。身の回りのものは引っ越し用に準備が出来ていたから、そのままバッグに詰め込んで家を出るが、身体の一部を置いて行くようで、自然に涙が零れると風がそれを拭ってくれた。
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