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第99話 ここは何処?

「昨日は咲耶さんが来てくれてよかったね。 いっぱいお話した?」 矢野君が入院して眠りについてから、 既に1週間が経とうとしていた。 昨日は咲耶さんも病院の許可を取り、 矢野君のお見舞いに来てくれた。 僕は学校とバイトが入っていたので、 咲耶さんにはゆっくりと、 咲耶さんと矢野君の思い出話をしてもらった。 どんなことを話したのか少し怖いけど、 咲耶さんとの別れを思い出さずには先に進めない。 僕はベッドに横たわる矢野君の頬に手を添え、 その横に顔をうつぶせると、 「矢野君、いよいよ明日が本番だね」 と矢野君の耳元で話し始めた。 「どう? 緊張してる? 僕の声、聞こえてるかな? 少しは僕の事思い出した? 僕ね、この一週間、あまり眠れてないんだ…… 明日の事を考えたら怖くて、怖くて…… どうしよう……もし矢野君が思い……出して……く……れ……」 「………」 少し意識が飛んでいた。 起き上がると、まるでそこは別世界だった。 「あれ? 矢野君? 何処?! 僕、確か今、病院に居たよね?! 矢野君に話しかけていたよね?! 何故真っ暗? お~い! 誰かいませんか!」 僕はつい先ほどまで矢野君と話していたと思ったのに、 気が付いたら、真っ暗な所に一人でいて、 ここが一体どこなのか見当もつかなかった。 「すみませ~ん! 看護婦さ~ん!」 右を見ても、左を見ても真っ暗だった。 「どうしよう……」 段々と怖くなってきた。 自分が今、どういった状況に居るのか全く分からなかった。 “動いても良いのかな? 一歩先が崖っぷちだったらどうしよう?! でも何故?!” 考えても分からない。 なぜ自分がこんな所にいるのか? ”そうだ! これはきっと夢だ! ずっと寝て無かったから、 きっと転寝してしまったんだ! だったらホッペをつねってみると……” そう思ってホッペを抓ったら、 やっぱり痛くなかった。 「やった~! やっぱり夢だった!」 そう叫んでは見たものの、 目覚める方法が分からない。 “よし! 1,2の3で目覚めるぞ!” 「1……2……3!」 そう言って叫んでみたけど、 一向に目覚めない。 「どうしよう……」 夢の中だとは分かっても、 一向に目覚める方法が分からない。 “目覚めるまでここでじっとしてる? でも何故こんな夢を見てるんだろう? 夢って……心と関連してるんだっけ? 矢野君がちゃんと目覚めるか心配しすぎてるから? それとも、僕の事をちゃんと思い出してくれるか心配してるから? それとも未来の予知夢?! この真っ暗闇が?! ちょっと待って…… それってどういう意味? 矢野君が目覚めないって事?! 冗談じゃない!” 「誰か! 誰かいませんか! 目覚めろ! 目覚めろ僕!」 そう言って頭をポカポカと叩いてみたけど、 痛くもかゆくも無い。 「嘘! 嘘! 嫌だよ! ねえ、誰か冗談だと言ってよ!」 動くのが怖いので、 その場に立ったまま、 上、下、右、左、手を回して何かに触れるか試してみた。 「神様! 神様!」 僕は祈るような思いだった。 「神様! 助けて!」 そう叫んだ瞬間、 誰かが僕の手を掴んだ。 「ウワ~ッ!」 今度はびっくりしてその手を払おうとした。 「誰?! 神様?!」 そう言うと、 “クスクス” という笑い声が聞こえた。 「えっ? 誰?」 捕まれていない、もう片方の手であたりを探ると、 僕の目の前に誰かが立っていた。 「陽向君?」 その人は僕に声を掛けた。 「誰ですか? 何故僕の名前を知ってるんですか? これは夢なんですよね?」 「フフフ…… 陽向君って聞いていた通りの子なんだね」 そう答えが帰って来たので更にびっくりした。 「え?! 誰に僕の事を聞いたのですか?!」 頓珍漢に答えを返していた。 「私の事、怖くない?」 「へ? いや、怖いっちゃ怖いんですけど…… これ、僕の夢なんですよね? だったら死ぬことは無いかな~なんて…… さっきもホッペ抓ったり、 頭叩いたりしたけど、 全然痛くなかったし…… 所で本当にあなたは誰なんですか?」 再度そう尋ねると、 「本当に分からないの?」 と、そう返って来た。 「分からないというか…… 暗くて全然見えないし…… 声を聴いただけでは思い当たる人が……」 そう言った時、フワッと軽やかな花のような匂いが漂ってきた。 「私はずっと陽向君の事を見ていたから、 陽向君の事はいっぱい知ってるよ。 それに、いつも陽向君の事を話してくれる人が居るからね」 「あの……誰の事を話しているんですか? それは僕の知ってる人?」 「そうね…… 実はね……」 そう言って彼女は僕の腕をつかんだ手に力を入れた。 「実は…… 何なんですか?」 「ちょっと私と来て! 百聞は一見に如かずよ!」 そう言うと、僕の腕を引いて彼女はスタスタと歩き始めた。 「僕、真っ暗で何も見えないんですが、 そんなにスタスタと歩いて危なくないですか?!」 「何言ってるの?! こんなにクリアに見えるのに、 貴女にはこれが闇に見えるのね」 そう言って彼女が立ち止まった。 「え? ここ……闇の中ではないんですか?!」 「そうね、少なくとも、闇の中ではないわね……」 「じゃあ、何故僕には闇にしか見えないのですか?!」 そう尋ねると、彼女は僕の手を放して、 「この闇はあなたの心の中を具現化してるのよ…… ねえ、両手をこっちに向けて差し出して!」 彼女がそう言ったので、僕は両手を自分の前に差し出した。 すると彼女は両手で僕の手を取ると、 「目を閉じて深呼吸して…… 貴女の頭の中に在るのは何?」 そう尋ねた。 「僕の頭の……中……?」 「そうよ。 どんな事を考えてる?」 「え? どんな事って……」 そう言って考えていることに集中すると、 僕の頭の中は色んなことがごっちゃ混ぜになってグチャグチャだった。 これまでの事を思うと、 あまりにも複雑すぎて考えがまとまらなかった。 僕が黙っていると、 「陽向君? 目を閉じたままで心を無にして」 そう言われたので、何も考えないように心がけてみた。 でもやっぱり、いろんなことが頭の中を駆け巡り、 どうしても心を無にすることが出来なかった。 彼女は僕の手の甲を優しくなでると、 「陽向君の愛してる人は誰?」 そう尋ねてきたので、 「えっ?」 とびっくりして一瞬静止した。 「陽向君の愛している人を思い浮かべて、 その人の事だけを思ってみて」 そう言われたので、 矢野君の顔を思い浮かべた。 それからどんどん、 彼の笑った顔、 怒った顔、 泣いた顔、 困惑した顔、 恥ずかしそうな顔、 そして僕に愛を囁く顔…… ずっと忘れられなかった矢野君の色んな表情を次から次に思い浮かべた。 「矢野君……」 そう呟いた瞬間、 僕の耳に波の音が聞こえてきた。 “波の音?” 「目を開けてごらん?」 彼女の声に僕は目を開けた。 「ここは……」 僕は目を見開いて辺りを見回した。 “間違いない! ここは!” そう思って、僕の目の前に立っている一人の女性に気が付いた。 「あなたは……」 僕がそう言うと、彼女はフフフと満面の笑みを浮かべて、 「前にね、何度かすれ違った事はあるんだけど……」 そう彼女が言いかけたとき、 僕は咄嗟に 「一花叔母さん?」 と聞き返していた。

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