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部活見学

「やっぱりオレ、学級委員長やりたかったー!」 小さい子供のように頬を膨らませて、七海は一緒に部活見学に向かう依伊汰たちにそう愚痴をこぼした。 「残念だったねー。七海くんが学級委員長だったらきっと楽しかったのに」 ヨシヨシと頭を撫でて慰めてくれる依伊汰は、いつも優しくて七海の心の拠だった。小さい頃からモデルの仕事をしていて、落ち着きがありとても大人に見えるのだが‥実は意外と何も考えていなかったりする。世にいう“不思議くん”というやつだ。 「いや、今までのお前の行動からみて、先生の選択は正しかったと思うけど」 冷静に返すのは穂輔。勢いのまま突っ走る七海にいつも的確に物を言う、このメンバーで唯一のツッコミ役。彼がいなかったら、きっとこのグループは成り立たないだろう。 「そーそー!おっ前、本当バカだしなー!」 そう言ったのは千歳。依伊汰の隣の席で、猫っぽい赤目が特徴的な人懐っこくて爽やかな青年だ。最近はこの4人で行動することが多くなっていた。 「もー、バカって言うなよー!」 「だって本当の事じゃん」 ケラケラと笑いながら、4人は運動部が活動している体育館へと向かうのだった。 ******** 遡ること数時間前。 入学して数日が経ち、1年A組では委員会のメンバーを決める会議が開かれていた。担任の岡田が黒板に委員会の名前と必要人数を書いていくと、教室はザワザワと騒がしくなる。できるだけ楽をしたい‥それがイマドキの高校生の本音だ。 そんな中、七海は黒板をじっと見つめてニヤリと笑う。‥狙うのはもちろん学級委員長(男女各1名)。 全ての項目を書き終えた岡田は、パンパンと手を叩き生徒たちを黙らせると「各自しっかり考えて選ぶように」と釘を刺し、委員決めを始めていった。 「それじゃあまず学級委員長から。誰かやりたい奴は‥」 「はいはいはーい!オレ、オレやりた‥」 「却下」 「えーっ!何でっすかー!?」 (バカだから‥) (バカだからだ‥) 七海が勢いよく挙手をし、その勢いのまま岡田に即却下されたのを見て、クラスメイトたちは心の中でそう呟いて笑いを堪える。そして 「お前バカだから」 隣の席の穂輔だけは迷うことなく声に出して言った。 「一ノ瀬は‥そうだな、体育祭実行委員とかどうだ?」 岡田は顎に手を当ててしばらく考えた後、ポンと手を打ってそう七海に提案した。 「体育祭実行委員‥っすか?」 「そ。楽しい行事にはお前みたいな明るい奴がピッタリだからな。どうだ、やってみないか?」 学級委員長一択しかなかった七海は不満そうな顔をみせた。が、『楽しい行事』という言葉に少し気持ちが揺らぐ。 昔からイベント事が好きだった七海。4つ離れた兄たちの応援で高校の体育祭にも行った事があり、体育祭がどんなものなのか少しは知っていたから、それを思い出して何だかとてもワクワクしてきて‥気づけば七海の頭の中はすっかり体育祭実行委員モード。先ほど学級委員長を却下されたことなんて、もうすっかり忘れていた。 「‥わっかりました。オレ‥それにします!」 「おお、やってくれるか!」 七海が両手を上げて答えると、岡田はニカッと豪快な笑顔を見せて満足げに頷いた。 (((上手くまとめた‥))) 一部始終見守っていたクラスメイトたちは全員、心の中で拍手喝采。‥クラスが一つになった瞬間だった。 ******** 体育館へ到着すると、ネットで仕切られたスペース内でいくつかの部が活動しているのが見えた。七海たちの通う青葉西高校の体育館はそこまで大きくない為、曜日によって使用できる部が違うらしく、この日はバレーボール部とバドミントン部、バスケットボール部が活動していた。 「そーいえばさ、みんなは何の部活入る予定なの?」 練習風景をボーッと眺めながら、七海は3人に聞いてみる。 「俺は特には‥依伊汰は?」 「俺も急に仕事入っちゃう事があるから無理かなぁ」 「依伊汰モデルやってんだもんな!うーん‥俺も部活はいいかな。だって遊びてーじゃん!」 「なんだ、みんなも帰宅部希望なのかよー!」 「七海くんも?」 「うん。オレも遊びたーい!」 「‥まって、それじゃあこの部活見学意味なくね?!」 「‥っつーか誰だよ、部活見学行こうとか言い出したやつ」 「‥あ!オレだ!」 (((やっぱり‥))) ペロリと舌を出しておどける七海を見てケラケラ笑う依伊汰と千歳の横で、穂輔は深い深いため息をついた。 せっかく来たのだから少しは見ていこうという話になり、七海たちは一番手前で練習しているバスケ部を見学することにした。 既に仮入部している1年もいるようで、上級生の指導にも一層熱が入っていた。 「おーい、もっと声出してけー!」 ひときわ目立つ声に、自然とその人物に目が行く。プレー自体は特別巧いわけではない。ドリブルで相手選手をかわしたところまでは良かったが、シュートを見事に外していた。‥が。 「ど、ドンマイドンマイ!切り替えてこー!」 (プッ‥あの人、すっげー元気だなー) 誰よりも声を出し、そして誰よりも楽しそうに動き回っていたから、七海は思わず吹き出した。 その後もしばらくその姿を目で追い、体育館を後にしてからも紫色の瞳がいつまでも七海の目に焼き付いていた。

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