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空き教室

次の実行委員会まで2週間弱。 その間、七海は何度か校内で修作の姿を見かけた。 「あ、修作先輩だ!おーい」 「!‥‥」 「?」 七海は社交的な性格だ。一度でも話したことのある相手には先生だろうが先輩だろうが遠慮なしにグイグイいくタイプなので、ご多分にもれず修作にも声をかける。‥が、振り返って言葉を返してくれることは一度もなかった。だからと言ってそれが悲しいとか苛つくとか、そういった感情が湧いてくることはない。 特に用があるわけでもないので、『聞こえなかったのかな?』『急いでるのかな?』‥ただそんな風に思って、いつも修作の背中を見送っていた。 普段の七海はいたって“普通”の後輩だ。 まるであの日のことがなかったみたいに。 教室での密事の記憶は七海の中からすっかり消えているかのように思えた。けれどその黒い思惑は、ただ影を潜めているだけだった。 ******** 「もー、何でオレがこんな事ー!」 両手いっぱいに荷物を抱えた七海は、同じ量の荷物を抱えて隣を歩く穂輔にそう愚痴をこぼす。目的地に着き勢いよく荷物を下ろすと、舞い上がった埃で七海はけほけほと乾いた咳をした。 「それはこっちのセリフだ。何でお前のバツに俺も付き合わなくちゃなんねーんだよ」 遡ること数日前。七海は数学の抜き打ちテストで落第点を取ってしまった。さらにその再テストでも散々な点数を叩き出したため、こうして数学教師に雑用を押し付けられているのだ。そしてたまたま一緒にいた穂輔は、「一ノ瀬一人じゃ大変だろうから、お前も手伝え」‥と、そのとばっちりをうけたのだった。 「マジでゴメンっ!」 「‥別にいーけど」 眉間にシワを寄せて七海を見ると、両手を合わせて必死に謝るもんだから、怒るに怒れず何だか調子が狂う。穂輔は大きなため息をついて乱雑に頭をかきむしった。 「それにしてもここ、ずいぶんキッタナイ部屋だねー」 「確かに。他の教室からもだいぶ離れてるよな」 ここは第三校舎二階の一番奥にある部屋。二人が辺りを見回すと、そこには脚の曲がった机や電源のつかなくなったパソコンが雑然と置かれていた。物置と化したその空き教室は、蛍光灯も半分以上切れていて薄暗い。 「今日みたいな事がないと、普段来る奴いねーんじゃねーの?」 穂輔がそう言って足早に教室を出ていくので、七海は慌ててその後を追いかける。ふとドアの前で足を止めて振り返り、もう一度その部屋を見回す。 「ふぅん‥」 そう呟いた瞳の青色は、ほんの少しだけ暗く濁っていた。

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