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お人好し
もう何回目の密会になるだろう。実行委員会が終わって一緒に空き教室へ向かうのがお決まりとなっていた七海と修作だが、廊下を歩く二人の間に会話という会話はほとんどない。修作が時折振ってくる話の内容は七海には不必要なものとみなされ、それに答えることは稀だった。
そして目的地に着き、窓を開けて振り返った七海はすでにスイッチが入っていて、瑠璃色の瞳はいつもどこか遠くを見ている。‥そんな気がして、修作はそれを目の当たりにするたびに酷くいたたまれなくなるのだった。
「ちょっと待って」
いつものように互いを慰め合い、七海が逃げるように教室を出ようとした時だった。急に修作に腕を捕まれ、驚きと同時になんとなく危機感を覚えて、七海は慌ててその腕を払い除けた。
「は?何?」
「‥‥えーっと、お前さ」
「?」
「何か‥、悩んでんのか」
「‥‥はあ?」
正直ドキッとした。このおかしな関係に疑問を抱かないわけがないから、いつかは修作から何かしら問い詰められるかもしれないという不安が、七海の中には常にあったから。
でもまさか、この状況で他人の心配をするなんて。予想もしていなかった言葉に面を食らい一瞬動きを止めた七海だったが、あまりにもお人好しすぎる修作がなんだか可笑しくて、すぐにケラケラと笑い声を上げていつもの明るい自分を演じた。
「あははっ、何ソレ。なんで?悩んでるふうに見えた?」
「うん」
いつもなら嘲笑して冗談混じりに突き放せばそれで引き下がる修作が、今日はなかなか折れない。まっすぐ自分を見つめる紫色の瞳に全てを見透かされているような、そんな不安が押し寄せてきて、七海は僅かに表情を強張らせた。
「どのへんが?」
「ん〜‥なんとなく、だけど‥‥」
「何それ。オレのことからかってんの?」
「違うって。俺、後輩の相談とかけっこう聞いてきたから‥‥。何ていうか‥‥同じような顔してるっていうか」
修作の言葉は七海の一番触れてほしくない部分に突き刺さってくる。
――何も知らないくせに
お人好しもここまでくるといい迷惑だ。これ以上詮索されたくない、そう思って無言で背を向けるといかにも心配げな声で名前を呼ばれる。七海にはそれが煩わしくてたまらなかった。
「もし悩みがあっても、先輩には言いません」
「‥‥い、」
「じゃ、またね」
勢いよく閉めたドアの音が耳を劈く。
今まで自然に作ってきた不自然な笑顔が、今は上手くできなかった。
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