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僅かな変化 ※
夏休みが明けて2週間が経った頃。まだまだ暑い日が続いていて、暑さが苦手な七海は相変わらず機嫌が悪い。先日の席替えで再び窓際の席になったのがせめてもの救いだった。窓から入ってくる生温い風が、頬杖をつく七海の前髪を微かに揺らす。
夏休みの間、七海は一度も修作に連絡することはなかった。あのイライラは時間と共に薄れていき、このまま何事もなかったように終わるのも別にいいとさえ思っていた。会ったら“先生”のことをきっと聞かれる。それだけはどうしても避けたかった。
‥しかしどうやら、学校という環境が良くないらしい。新学期が始まって日が経つにつれ、放課後窓から入り込む夕焼けのオレンジを見る度に、家にいた時にはすっかり大人しくなっていたあの高揚するような快感が再び七海の中で疼きだした。
結局この日、七海は夏休み前と変わらず修作に呼び出しのメッセージを送っていた。暑さで鈍くなった思考回路では、それが正しいことなのかそうでないのか、もう分からなくなっていた。
「久しぶり」
「ですね」
夏休み前と変わらず、空き教室は埃っぽくて薄暗い。 他の教室に比べて湿度も高い気がして、七海の額にはすぐに汗が吹き出した。先に来て待っていた修作の横を通り過ぎて、七海は一目散に窓を開ける。
「夏休み、連絡してこなかったな」
「えー?だって面倒じゃないですか休みの日にわざわざ会うとか。学校だとそのへん便利ですよね。それにオレ暑いの嫌いなんですよ~イライラしてくる」
「‥そんなに暑いか?」
約2ヶ月ぶりに交わす背中越しの会話は相変わらず七海主導の表面的なものだったが、久々に聞く修作の声に少し懐かしさを感じたのか、今日はすぐに七海のスイッチが入った。
窓を開け終えた七海は、くるりと体の向きを変えてゆっくり修作に近づくと、最後の問いに答えることなくその背中に腕を回した。汗でべとつく肌が触れ合う不快感は今はむしろ心地良ささえ感じる。耳元で自分と同じように速くなる修作の鼓動を感じて、七海は意地悪く尋ねた。
「先輩、オレに会えなくてさみしかった?」
「‥‥バカじゃねーの」
「素直になればいいのに~」
ほんの少し目線を上げただけで修作と目が合い、紫色の瞳に映り込む自分の姿にハッとした。今、修作とはそれだけ近い距離にいる。少し背伸びをすれば、唇が届きそうな‥。
「なっ、なに‥‥っ!」
クンとつま先に力を入れて顔を近づけると、驚いた修作の体が仰け反り再び距離ができた。
「はあ?何って‥‥。先輩もしかしてキスもまだなの?」
「それくらいあるわ!ってそういう問題じゃなくて!」
「んじゃどういう問題よ」
「そ、そういうのは‥‥ちゃんと、こう‥、す、好きな人とじゃないとダメだろ‥‥」
まさかの回答に面を食らう。散々抜き合っていて何を今更‥と、すごくまともなことを言われているはずなのに、その説得力のなさに七海は徐々に笑いが込み上げてくる。
「先輩‥‥っ、めっちゃ純!めっちゃ純!!お腹痛い~」
「わ、笑ってんじゃねーよ!」
「‥っ、だって‥アハハハ」
顔を真っ赤にしている修作を見て、七海はさらに声を上げて笑った。
(好きな人じゃないとダメ‥か)
そういえば、前にも同じような事が‥ 顔を近づけたら慌てて逸らされた事があったなと思い出した。そんな感情、もうとっくに忘れていた。
今の自分は、心の隙間を埋められるのであればキスだってセックスだってできてしまう。たとえそれが好きな人じゃなくても。修作の純粋な反応と濁りのない瞳を見ていると、自分がいかに浅ましい人間か思い知らされるようだった。でも七海にはどうすることもできない。身体はもう、あの時の熱を求めてしまっているのだ。
ひとしきり笑ったあと、それまでの笑顔がフッと曇り、七海は目を細めて修作から視線を逸らす。 微かな風しか通さないこの部屋は相変わらず蒸し暑く、大粒の汗が七海の頬を伝った。
「‥‥先輩知ってる?男の人ってねぇ、別に好きじゃなくてもキスもセックスもできるんだよ」
「‥‥‥‥え、」
それは自分自身のことなのだろうか、それとも‥
修作の言葉を待たずにストンと腰を下ろして膝立ちになると、七海は以前と変わらず手際よくベルトを外していく。
「!ちょっ、とっ‥‥!」
「すごーい、ビクビクしてるよ」
「なっ、‥‥っ!!」
既に熱く反り立ったものを右手で包んで唇で刺激すると、修作は小さく声を上げた。その素直な反応に七海の身体はゾクゾクと震える。唾液を含ませた舌を丁寧に這わせ、時間をかけて十分濡らしたところで一気に口にくわえた。
いつものように意識を沈め口淫に没頭していると、長く伸びた前髪を修作に掻き上げられて七海の意識がふっとこちらへ戻る。やめろという事なのだろうか、それともただの気まぐれの優しさなのだろうか。どちらにしても、以前だったら邪魔をされた鬱陶しさで苛立っていたその行為が、今日は修作の大きな掌の感触の心地よさに不覚にもドキドキしてしまった。
「ねぇ先輩‥会えなかった間、オレの事考えてヌいたりした?」
「は‥っ?して‥な‥っ」
「なーんだ、残念」
動作を止めてまた意地の悪い質問をしてみたが、期待はずれの答えに七海は言いようのないモヤモヤを感じた。それは今まで感じたことのない、何だか複雑な感情だった。その気持ちを慌てて隠すように、七海は再び修作のものを口に含み先程よりも強めに吸い上げて射精を促した。
「あっ、あ、ああぁっ、イ、‥‥っ!」
「‥‥はあ。早かったね。溜まってた?」
「‥‥‥‥」
粘度の高い精液を飲み込み口元を拭いながら修作を見上げると、まだ息が整わず目元は涙で少し潤んでいて、七海は思わず息を呑む。汗が首筋を伝うのがはっきりと分かった。
「ねえ、先輩。セックスしたいならさせてあげるよ?」
「は?!」
「男同士でも出来るんだよ。知ってる?」
「えっ、や、し、知らない‥こともない‥けど、だから!」
「はいはい。好きな人とじゃなきゃって言うんでしょ?ったくめでたいねぇ」
(そんな真っ直ぐな目で見ないでよ‥)
修作の視線に耐えられなくなった七海は、くるりと向きを変えて開け放たれた窓を閉めに行く。
「おい、お前の‥‥」
「いーよ、今日はこの前の埋め合わせだから。じゃ、またね~」
そう言って手をひらひらと振ると、七海は以前と変わらず逃げるように教室を後にした。
今日は少しおかしい。きっと全部、暑さのせいだ。
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