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はじめての

4限の数学ほど苦痛なものはない。ただでさえ苦手な数学にさらに空腹が合わさり、七海は配られた小テストの問題をまだ1問も解く事ができないでいた。 だいぶ日差しが弱まり、窓から入ってくる風も涼しいと感じるようになってきた9月の終わり。ふと窓の外に目をやると、体育の授業でサッカーが行われていた。身長や体格からみてどうやら上級生のようだ。スポーツが好きな七海はワクワクしながらその様子を眺めはじめたのだが‥。気怠そうにサッカーボールを追いかけている姿が目につき、七海にはそれがどうにも理解できないでいた。 『もっと楽しそうにやればいいのに』 体育が好きな七海はついそう思ってしまう。 「ふくちゃん頼んだ!」 「おー!」 ひときわ大きな声が聞こえてそちらに目線をやると、目に飛び込んできたのは豪快にボールを蹴り飛ばす修作の姿‥と、ゴールの上を勢い良く通過するサッカーボールだった。 (ぷっ‥へったくそ。運動部のくせに‥ていうか、あんなんバスケ部でも万年補欠だな) そんなことを思いながら、七海は必死に笑いを堪えた。さっきまで何の面白味も感じなかったサッカーの試合が、何だか一気に楽しくなる。人一倍元気な声を上げて必死にボールを追いかける修作の姿を、七海はいつの間にか夢中になって目で追っていた。 試合終了のホイッスルが聞こえる。チームメイトの喜びようからして、どうやら試合には勝ったようだ。修作の方に視線を戻すと、駆け寄ってきた友人と嬉しそうに言葉を交わしていた。 (あんな風に笑うんだっけ‥) 空き教室で会う時の修作は、全くと言っていいほど笑顔を見せない。だからこんな砕けた表情の修作を見たのはとても久しぶりな気がした。自分に向けられることのない顔を見て、七海の胸の奥がまたチリッと痛んだ。 不意に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、しばらくあいて七海はハッと手元を見る。 「じゃあプリント回収するぞ」 「‥あーっ!やべー!!」 結局、数学の問題は1問も解けていなかった。 掃除の時間が終わって職員室に呼び出された七海は、数学教師からこってりと説教を食らってしまった。名前しか記入していない解答用紙を提出したので当然ではあるが‥職員室を出ると、七海は大きなため息をついた。 ‥と、そのタイミングでポケットの中のスマホが短く振動する。友人からのお誘いメールかな。そんな軽い気持ちで開いた画面を見た七海だったが、「わぁ!」と驚嘆の声を上げて危うくスマホを落としそうになる。 『譜久田修作:お疲れ。今日の放課後、うちのクラスまで来て』 床ギリギリでキャッチしたスマホの画面をもう一度見てみると、確かにそうメッセージが届いていた。修作からメッセージが来たことは今まで一度もなかったから、とても不思議な感じがしたし、それと同時にどんな理由であれ、修作からメッセージが来たという事実が七海の心の奥を少なからず刺激した。 (や‥っばい、なんか嬉しいかも‥) しゃがんだままスマホを握りしめ、今までとは違う胸の高鳴りを感じて戸惑う七海は、珍しく緊張しながら『分かりました!』と文字を打った。

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