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一緒に帰ろう
ホームルームが終わって放課後を知らせるチャイムが鳴ると、七海は3Eの教室へ向かった。体育祭実行委員会以外で3年生の教室へ行くことはなかったので、なんだか少し緊張する。
「こんにちはー!」
黒板側のドアから教室を覗くと、以前修作が座っていた窓際の席に人影はない。代わりにすぐ手前でガチャンと大きな音がして、七海がそちらに目を向けると床に落としたスマホを拾い上げる修作の姿があった。どうやら席替えで廊下側の一番前の席になったらしい。
「わ!びっくりした~席替わったんですね」
「俺はお前の声にびっくりしたわ」
苦笑いを浮かべる修作と目が合い、七海もバツが悪そうに笑った。
「先輩の方からラインくれるとか初めてだけど、どうかしました?」
「あのさ、一緒に帰らない?」
「は?」
突然の誘いに驚いて七海が目を見開くと、修作が慌てて訂正を入れる。
「や、えーと、用事あるなら別にいいんだけど」
「帰るだけ?」
「帰るだけ」
「なんで?」
「‥‥なんとなく。一ノ瀬と普通に話したことあんまりないなって思って‥‥」
空き教室で非日常的な事をする以外に修作との関係がなかった七海は、帰るだけと言われて少し戸惑った。確かに、修作と“普通”に話したのは体育祭以降ほとんどない。修作がどんな思いで誘ってきたのかは分からないけれど、メッセージをもらって嬉しいと思ったのも事実。七海はちょっとの間のあと、笑顔で「いいですよ!」と答えた。
3Eの教室を出ると、七海は修作の隣に移動する。修作と並んで歩くのはなんだか不思議な感覚だったが、居心地は悪くなかった。
「そう言えば今日の4限目体育だったんだけど、お前こっち見てた?」
「え?!」
「遠くてあんま見えなかったけど、多分1Aの教室だったような‥‥」
「え、あっ、あれ先輩だったんだ。サッカー下手くそな人がいるなーって見てました」
「お前はホント一言多いな」
「正直者なんですよー!」
1年生の下駄箱が見えてきて、七海はケラケラと笑いながら自分の靴のある方へ走る。角を曲がって修作から見えなくなる位置までくると、七海はゆっくり足を止めてその場にズルズルとしゃがみ込んだ。
(オレ、そんな見てたかな‥)
本人に言われると何だか急に恥ずかしくなって、七海は「う〜‥」と小さな声を上げて長い前髪を掻き毟った。
修作と一緒に乗った電車はいつも乗る方向とは逆で、それだけで七海の好奇心はくすぐられ胸が高鳴る。
「お前、反対の電車なんじゃねーの?」
「こっちからでも帰れます!‥ちょっと遠回りになっちゃいますけど」
窓の外を眺めて小さな子供のようにはしゃいでいると、「まるで遠足だな」と修作に笑われた。
歩いている時も電車に揺られている時も、七海は修作にたくさんの質問をした。修作のことを知りたいという気持ちももちろんあったのだが、それよりも沈黙して気まずくなるのが嫌だった。
「好きな音楽!」
「いきもの〇かり」
「好きな授業」
「英語。と、たいく」
「嫌いな授業は?」
「ん~‥歴史」
「日本史?世界史?」
「日本史。全ッ然覚えらんねえ」
「あ!付き合った人数!」
「そういうのはナシ」
「えー!じゃあ~好きな食べ物!」
「ん~‥‥‥‥。焼き肉とか」
結局、一方的に質問するばかりで、修作から「自分のことも喋れ」とツッコまれてしまった。
「だって先輩が聞いてくれないから!」
「そんな質問攻めされたら聞く隙ねーわ!」
頬を膨らませてふざけてみせる七海は、いつの間にか普通に笑っていた。つられて笑う修作の表情も、心なしかいつもより穏やかな気がした。
今の自分と修作は、周りからどう見えているのだろうか。普通の先輩後輩に見えているのだろうか。七海はふと、そんなことを思った。
「俺次の駅」
「あ、そうなんだ」
楽しい時間はあっという間‥とはよくいったもので、七海が窓の外に目線を向けると馴染みのない景色が広がっていた。自分の住んでいる場所と比べて高い建物が少ないからだろうか、夕焼けに染まる景色がとても綺麗に見えた。 七海の瞳の青がオレンジ色と混ざり、電車が揺れるたびに宝石のようにキラキラと輝く。
「うちでメシ食ってく?」
そう言われて七海が振り返ると、修作の紫色の瞳も同じようにオレンジに染まっていた。
「えーっと‥」
「あ、でもお前んちももう夕飯作ってるか」
七海が言葉に詰まると修作は慌てて訂正する。修作はいつも、七海に対して決して強引に誘うことはない。七海にとってはそのはっきりしない態度が気に障ることもあるのだが、今はその気遣いが何だか嬉しい。
‥もう少しだけ、修作と話をしたいと思った。
「行きたい!です!」
「‥声でけーよ」
少し高めでよく通る声と両手を上げたオーバーリアクションで修作を驚かすと、七海は修作に促されて母へメッセージを送った。
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