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おじゃまします!
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
「おかえり~‥ってあら、お客さん?」
七海が玄関先で周囲を見回していると、奥の引き戸が開いて小柄な女性が出てきた。小首を傾げてこちらを見る目元が修作によく似ていて、それが修作の母だとすぐに分かった。
「後輩。メシあるよね?一ノ瀬上がって」
「高校の友達連れてくるなんて珍しいわね。ご飯もう出来るから、テレビんとこで待ってなさい。えーと、お名前‥‥」
「あ、一ノ瀬七海です。すみません急に」
「七海君ね!散らかっててごめんなさいね、ゆっくりしていって」
「はい!ありがとうございます」
七海が礼を言うと、修作の母は笑顔を見せて再び台所へ戻っていった。
修作の家は昔ながらの一軒家で、間取りや家具の雰囲気が祖父母の家を思い出させた。 畳張りの広い居間に案内されると、ふわりといい香りが七海の鼻をくすぐる。目の前の座卓に目をやると、既に大皿に盛られたかぼちゃの煮物と大根と鶏肉の煮物が置かれていた。
(これ絶対美味しいヤツだ‥!)
ほっくり煮えたかぼちゃと醤油がしみて飴色に輝く大根。嗅覚と視覚の両方を刺激され、七海は思わずのどを鳴らした。
「これ、どーぞ」
「え、あ!ありがとうございます!」
七海は修作が用意してくれた座布団にちょこんと座ると、再び周囲を見回す。その落ち着きのない様子に、修作は気をきかせてテレビをつけリモコンを七海に手渡した。母の手伝いをするという修作に、七海は自分も手伝うと申し出たのだがあっさり断られてしまった。
(うーん、先輩行っちゃった‥)
修作の背中を目で追うと、七海はだだっ広い居間にポツンと取り残された。
「あれまあ、お客さんかい?」
襖が開き、奥から修作の祖母が出てきて声をかけられた。背中が少し丸まっていて、しわくちゃの笑顔がとても優しそうに見える。七海は祖母の方に向き直りペコッと会釈をすると、軽く自己紹介した。
「じゃあ七海ちゃんは修作のお友達なんだね」
修作の祖母にそう言われ、七海は言葉に詰まる。修作との関係は何とも不安定なもので、それが“友達”と呼べるものでない事は七海も分かっていたから、改めてそう聞かれると一体何と答えていいのやら。七海は必死に考えたが、結局「友達‥かな‥??」と、なんだかとても曖昧に返事をしてしまった。
それからしばらくの間、七海は修作の祖母と会話を交わした。次から次に話題を振ってくれるため話が途切れることはなく、気がつくとお互い声を出して笑い合っていた。
「七海ちゃんはどんな食べ物が好き?」
「うーんと、カレーとオムライスが好きです!あとプリン!」
「ばあばもプリン好きだよ。あ、冷蔵庫に2つ残ってたから後で一緒に食べようか」
「わっ!やったー!」
「ちゃーんとご飯食べてからね」
「うんっ!」
「ばーちゃん何しゃべってんの」
修作が人数分の箸をテーブルに置きながら祖母に話しかけると、祖母は「内緒だよ~」と言って七海とアイコンタクトをとる。その様子に修作はやれやれと肩をすくめた。
「一ノ瀬ごめんなー。年寄りの相手疲れるだろ」
「え、そんな全然手‥」
「ちょっと!誰が年寄りだって?」
「ばーちゃんに決まってんだろ~」
七海の祖父母は遠方に住んでおり、年に一度会うか会わないかの関係なので、久しぶりに会うとどうしても遠慮がちになってしまう。言いたい事を言い合っている目の前の二人のやり取りがとても新鮮で、七海はそれがとても羨ましかった。
「?なに?」
「いやあの‥‥。うちじーちゃんばーちゃんと離れて住んでて、会ってもそんな何か‥‥冗談とか言わないからすごいなって思って」
「まあ一緒に住んでりゃこんなもんじゃない?」
「七海ちゃんは一緒に住んでもばあばのこと年寄りなんて言わないもんね?」
「うん!言わない!」
「さすがだね~どっかの誰かとは違うね~」
「俺かよ!」
修作と祖母のテンポの良いやり取りに、七海は声を出して笑った。
テーブルに全ての料理が並ぶと、そのタイミングで修作の父と祖父も居間へやってきた。七海が挨拶をすると、二人とも豪快な笑顔で迎え入れてくれた。
みんなそろっていただきますをすると、座卓に揃った顔ぶれを見て、七海はひとつの疑問を抱く。
「ねえ、先輩って一人っ子なの?」
隣に座っている修作にそう尋ねると、歳の離れた兄がいることを話してくれた。中学教諭でいつも帰りが遅いらしい。
「先輩が弟って何か意外」
「そうか?一ノ瀬は完全に弟感あるけど」
「うん、うち兄貴います。双子の」
「えっ双子?!すげーな、顔似てんの?」
「ん~‥。俺は家族だから全然違く見えるけど‥‥」
目の前の大皿に盛られた料理を頬張りながら、そんな他愛もない話をする。口にした食事はどれも七海の期待を裏切らない美味しさで、まっ白に輝くご飯はものの数分でたいらげた。
「一ノ瀬も食べる?」
「食べる!ます!」
「タメ口でいいよもう」
ほぼ同時にご飯茶碗を空にした修作は小さく笑いながらそう言うと、七海から茶碗を受け取って自分の分と一緒におかわり分をよそう。
先輩に対しては敬語で話す七海だが、修作に対して時折タメ口になってしまうのは決して親しいからというわけではない。以前、先生と二人きりの時にタメ口で話していたからだ。だから空き教室で修作と会っている時、スイッチの入った七海は無意識にタメ口になっていた。そのクセがつい出てしまい慌てて敬語に直すが、語尾がチグハグになってしまった。
再びご飯茶碗が山盛りになっていく様子を七海がじっと見つめていると、修作の祖母に「お米美味しい?」と尋ねられた。七海が「すっげー美味しいです!」と即答すると、それを聞いた祖母はとても嬉しそうに言葉を続けた。
「それね、うちで育てたお米なの」
「‥え!?先輩んちお米作ってんの?」
「うん。家の周りにだだっぴろい田んぼあったろ。あれ」
「えー!!すごい!!」
「別にすごかねえだろ」
「すごいよだって超おいしいもん!」
それはお世辞なんかではない、心からの“超おいしい”だ。今日食べたお米は、七海が今まで食べたどんなお米よりも美味しかった。
「七海君ありがとね~。おじいちゃんもお父さんも嬉しくてニヤついてるわ」
「「別にニヤついちゃいねーよ!」」
七海の感想を聞いた修作の祖父と父は思わず顔が緩み、母に仲良くツッコミを入れられる。その息のあった掛け合いに、七海はまた声を出して笑った。
「修作が地球最後の日に食べたいのはうちのお米で作った塩おにぎりだもんね~?」
「はあ?!知らないよそんなの!」
「何でよー!いつもそう言ってるじゃない!七海君この子ね、海苔も付けないおにぎりが一番の好物なのよ~。安上がりでしょ!」
「うるっさいな黙って食べたら!?」
「何よそんな怒っちゃって~」
‥そういえば電車の中で好きな食べ物を聞いたとき、他の質問のときより答えるのに時間がかかっていた気がする。焼肉と答えたのは修作なりの照れ隠しなのだろう。七海にはそれがなんだかとても可愛らしく思えた。
「‥‥いいじゃん」
「え?」
「一番好きな食べ物が自分ちのお米って、何かすげーかっこいい」
兄のことも、そしてこのことも、もし今日ここに来ていなかったら当然知ることができなかった。皆の優しさに溢れた笑顔を見ていると、七海の心の中もじんわり温かくなる。
(何かいいな、こういうの‥)
今日こうして修作の家に来て、修作の家族と、そして修作本人と触れ合えたことを七海は心底嬉しく思っていた。しかし同時に、それは七海の心を大きく揺さぶる。
どうして今まで修作の事をちゃんと見ていなかったのだろうか、ちゃんと話をしようとしなかったのだろうか。修作を道具のように扱ってしまっていた事を、七海は心苦しく思った。
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