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友達になりたい

「本当にありがとうございました!‥あの、片付け‥」 「いいのよ、気にしないで」 「七海ちゃんまた来てね」 「はい!ごちそうさまでした!」 玄関先まで見送りに来てくれた修作の祖母と母に礼を言うと、七海は何度も振り返って二人に手を振る。駅まで送ってくれることになった修作は、七海の隣を歩きながらその様子を笑って眺めていた。 「ばあばー!プリンまた食べよーね!」 二人が見えなくなると七海はようやく前を向いて修作に礼を言う。 「はーっ。ホント美味しかった!先輩ありがとうございました」 「いーえ。またいつでもどうぞ」 灯りが少なく静けさが広がる田んぼ道に、虫の声に混じって七海の鼻歌が微かに響く。日ごとに涼しくなっていく夜、夏の終わりを告げるような強い風が時折頬を刺激する。 「なー、一ノ瀬」 「なに?」 修作の少し前を歩いていた七海が名前を呼ばれて振り返ると、修作は歩みを止めた。 「あのさ‥‥。今までみたいなこと、もうやめない?」 心臓が大きく脈打って、七海から笑顔がフッと消える。なるべく平常心を装って、七海はその質問の理由を修作に尋ねた。 「‥‥何で?」 「一ノ瀬はさ、“先生”の代わりに俺を使ってんだろ?別に代わりにさせられたこと怒っちゃいないけど、やっぱおかしいと思う‥‥。そういう事するなら、ちゃんと本人とじゃないと‥‥。それに俺、お前と普通に友達になりたいし‥‥」 修作はそう言って七海をまっすぐ見据える。その視線に耐えきれず、七海は修作から目を逸らして眉をひそめた。 先生の事は確かにそうだから、七海は何も言い返せない。じゃあもし今の関係がなくなったら、“普通の友達”になれる?‥そんなの無理だ。今更何もなかったことになんてできないし、自分の身体がそれを許すとは思えない。今の関係がおかしい事は七海も重々わかっている。だけど頭では理解していても、もう自分では止めることができなくなっていた。一度空いてしまった心の穴を塞ぐ代替品を、身体は求めてしまっているのだ。 そして、この数週間何度となく胸の奥に感じた違和感が今も七海を襲っている。この胸を締め付けるような感覚が何なのかは分からないけれど、この違和感を感じるのは決まって修作の事を考えている時だという事に、七海も薄々気づきはじめていた。だから余計、こんな気持ちを抱えたまま“普通の友達”になんかなれるわけない。 そしたらこのままサヨナラ? それは‥嫌だ 「別に‥‥」 「うん?」 「別に、いいじゃん。このままでも」 友達にもなれないのに、もう少しだけ一緒にいたいと思うのは我儘だろうか。でも七海には、今の居心地の良い関係を壊す勇気はなかった。 「でも‥‥」 「俺、先輩とするの、結構好きだよ?」 「‥‥‥」 「ね?」 「‥‥っ!だから、それやめろって!」 キスをしようとわざと顔を近づけると、当たり前のように避けられた。もう慣れたはずなのに、今感じているこの胸を突き刺すような痛みは何なのだろうか。自分の事なのに、何もわからない。この不安な気持ちを気づかれたくなくて、七海は必死に笑顔を作って誤魔化す。‥もしかしたら、もうとっくにニセモノの笑顔では誤魔化せなくなっているのかもしれない。修作の複雑な表情をみて、七海はそんな風に思った。 七海の提案に納得がいかない様子の修作だが、七海はこういう時どうすればいいか知っている。 「だめ?」 わざとらしく小首をかしげ、七海は上目遣いに修作を見つめる。修作は動揺して半歩後ずさると、少し間を開けて「‥‥分かった」と小さく答えた。 ほら、少し強引にいえば先輩は断われない。 修作と別れ電車に乗りこんだ七海は、閉まったドアにもたれ掛かると外の景色を眺めようとガラス窓をのぞき込む。 「‥ひっどい顔。サイテー」 畑が広がり灯りも少ないため、ガラス窓には自分自身が写り込んでいて、ふと目が合う。 「本当、最低だ‥」 前髪を乱暴に掻き上げると、七海はため息混じりにそう呟き歯噛みした。

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