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晴れない心
10月に入るとすっかり秋らしい気候になり、駅やファーストフード店ではベストやセーターを着用する生徒をよく見かけるようになった。そしてもうすぐ文化祭の季節がやってくる。
七海の通う青葉西高校も御多分に洩れず、あと1ヶ月ほどで文化祭を迎える。この一大イベントに向けて、校内は熱気に溢れ慌ただしくなっていた。
今日も午後の時間がその準備に当てられていて、1年A組の教室からもトンカチを打つ音や実行委員の生徒が指示を出す声などが飛び交っている。七海たち1Aの出し物はお化け屋敷。大がかりなセットから細かい小物まで準備しなくてはならず、皆真剣に作業に取り掛かっていた。
「七海くん、この看板の色はこれで良い?」
「‥‥‥」
「‥七海くーん?」
「おい」
「えっ、あ、ほすけ?なにー??」
「依伊汰が呼んでる」
「わ、ゴメン!えーたなにー?」
こういうイベントの時は決まっていつも以上にはしゃぐ七海なのだが、このところその元気が全くない。美術が得意な七海は他のクラスメイトからアドバイスを求められる事が多いのだが何だか上の空で、いつも一緒にいる依伊汰や穂輔はそれが何となく気になっていた。
*******
「先輩、支度できました?」
「あー‥うん」
「じゃあ帰りましょっか」
陽の光があまり入らない空き教室は電気を消すと深い闇に包まれた。陽が落ちて薄暗くなった廊下を、七海と修作は少し距離をあけて歩く。
『 別に、いいじゃん。このままでも』
その言葉の通り、修作の家に行った後も空き教室での密会は続いていた。ただあの日以来、七海が誘うのは修作の予備校がない木曜日になり、行為が終わったあとはこうして一緒に帰るようになった。“一緒に帰る”と言ってもただ同じ方向に歩いているだけで、七海が話しかけても修作の表情は相変わらず硬いままだった。会話とは言えない中身のない言葉のやり取りをする駅までの数十分間、七海にはそれがとても長くて辛いものに感じた。
「もうすぐ文化祭ですね。先輩のクラスは何やるんですか?」
「あー‥何だっけ」
「え?!自分のクラスの出し物知らないとかビックリなんですけど!」
「3年は有志参加だから。‥っつーか、一ノ瀬に言われるまで文化祭の存在忘れてた」
「先輩は参加しないんですか?」
「予備校の自習室行くつもり」
「そー‥なんっすね」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
最後はいつも言葉に詰まる。沈黙を破ろうと七海は必死に言葉を探すが、それが見つからないまま駅に到着し、「じゃあ」と短い挨拶を交わすと修作は反対側のホームへ続く階段を登っていく。「ばいばい」と小さく手を振ってその背中を見送る時、七海はいつも思うことがある。
(普通に話すのって、どうやんだっけ?)
ホームのベンチに腰を下ろし何本も電車を見送りながら、七海は日に日に大きくなっていく何とも言えないモヤモヤに頭を悩ませていた。
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