22 / 38

穏やかな時間

久しぶりに先生の夢を見た。先生‥だったのだろうか。心地よい声も、優しい顔も、ぼんやりとしてそれが本当に先生だったのかわからない。‥ただ、力強く抱きしめられた感覚は目が覚めた今もまだ何となく残っている。 七海が目を開けると、机上の時計の針は朝6時をさしていた。確か昨日最後に時計を見たのは10時少し前。最近睡眠不足が続いていて、こんなに眠ったのは久しぶりだったのに、七海の頭の中の靄は相変わらず消えないまま、また木曜日が来てしまった。 「おはよー!」 「おはよ。七海くん今日も元気だね」 「へっへー、超元気!」 あの日‥穂輔との事があってから、七海はできるだけ明るく振る舞い、いつも以上に笑顔を作るようになっていた。友達にもう余計な心配をかけたくないと思っていたからなのだが、その様子を遠くから見ている穂輔の表情は複雑だ。 「そういうことじゃねーんだよ‥」 穂輔にはそんな七海の姿が痛々しく見えてしかたなかった。 そして七海は今日も、修作に呼び出しのメッセージを送るのだった。 七海が約束の時間に空き教室へ到着すると、中はすでに電気がついていた。‥が、ドアのガラス窓から中を覗いても人の姿は見当たらない。音を立てないようにゆっくりとドアを引き、辺りを見渡しながら進んでいくと、雑然と置かれた机の陰に気配を感じた。恐る恐る近づくと、そこにあったのは机に突っ伏して眠っている修作の姿だった。 声をかけようと近くに寄るが、すーすーと小さく寝息を立てて深く寝入っているようだったので、七海は伸ばした手を静かに降ろして目の前に置かれていた椅子に座った。最近あまり眠れていないのだろうか。顔を近づけても起きる気配は全くなく、七海は頬杖をつきしばらくその様子を眺める事にした。 緑色の短くカットされた髪は近くでみると少し癖があり、所々はねている。指先でそっと触れると、思ったより柔らかい。何度も触っているはずなのに、今まで全然気が付かなかった。意識が飛びそうな中、乱暴に掴んでいる時は気にもしなかったそんな些細な事が、今はとても鮮明に感じられ、すんなりと七海の中に入ってくる。 うーん、と声がして七海は慌てて手を引くが、修作は頭の向きだけ変えると再び寝息をたて始めた。顔の向きが変わり、修作の表情が伺える。瞼を閉じているため紫色の瞳こそ見えないが、その無防備であどけない表情に七海はいつの間にか目を奪われていた。 (ぷっ‥だらしない顔) しばらくしてクスクスと笑いだした七海は、ふと思い出したようにズボンの後ろポケットからスケッチ帳を取り出し、楽しそうに修作の姿を描き始めた。 「う‥ん‥」 修作が目を覚ますと、もうすっかり陽が落ちていて、空き教室は一層薄暗さを増していた。はっ‥と慌てて顔を上げてあたりを見回すが、そこに七海の姿はなく、代わりに机に置かれたノートの切れ端を見つけておもむろにそれを拾い上げる。 「ははっ、きったねえ字」 そう呟き小さく笑うと、修作は手に持った切れ端をそっと鞄にしまった。 『今日は先に帰ります。先輩、ちゃんと寝てくださいね!』

ともだちにシェアしよう!