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特別よりも

「七海ー!明日の夜、千晶帰ってくるって」 ノックと同時に部屋のドアが開いて、更に同時に喋りながらりょう兄が入ってきた。‥今、ノックの意味あった? オレには兄ちゃんが2人いる。今ドアから入ってきた一ノ瀬良太。大学2年でこの家に一緒に住んでいる。そしてもう一人は、りょう兄が話している一ノ瀬千晶。ちぃ兄は地方の薬科大に通っていて、今は家を出て一人暮らしをしている。兄ちゃん達は双子だ。 ちぃ兄が帰ってくるのは久しぶりですごく嬉しいはずなのに、どうにも思いっきり喜べないのは、放課後の出来事が未だ胸に引っかかっているからだ。 「んー‥」 ベッドにうつ伏せになったまま、顔だけ向けて適当に返事をすると、りょう兄の手が伸びてきて髪をぐしゃぐしゃにされた。頭を押さえつけられて身動きが取れずに手足をばたつかせているオレに、ここぞとばかりにのしかかってくる始末で‥本当、りょう兄は容赦ない。 「いつも飛び跳ねて喜ぶのに。‥何か変なもんでも食った?」 「たっ‥べてないし。っつーか重いっ!オレ、今すげー落ち込でんの!」 「へー、お前が落ち込むとか珍しー。どうせ授業中居眠りして先生に怒られたとかそんなんだろ?」 「違うしっ!もー、何でりょう兄はいつもそうなの?!」 「はいはい、千晶みたいに優しくなくて悪かったな。明日いっぱい慰めてもらいなー」 「うわっ、ちょっと!!」 もう一度髪をぐしゃぐしゃにされて、今度はすぐに反撃に出たけど見事にかわされてしまった。「残念ー!」と舌をペロリと出して、りょう兄はあっという間に部屋から出ていった。‥まるで台風だ。ドアが閉まるのを確かめて再びベッドに倒れ込むと、オレは真っ白い天井を見つめた。 オレだって、落ち込むなんてガラじゃないの分かってる。だけど、何も悪くない誰かを傷つけるような事をしてしまって、そんな自分自身がものすごく嫌だった。それに、最近感じていた頭の中のもやもやの正体が分って、すっきりするどころか余計もやもやが大きくなってしまったから‥どうしたらいいか分からない。 ‥もう、誰かを好きになる事なんてないと思ってたのに。 そっとピアスに触れて目を閉じると、悪い事ばかりがまぶたの裏に浮かんできた。 ******** 2限の終わりを告げるチャイムが鳴って、クラスのみんなは急いで教室を出ていく。もちろんオレも。3限目は体育で、今はバスケをやっているから体育館まで移動しなきゃいけないんだけど、1年の教室から体育館までは結構距離があって、のんびりしてる時間はあまりない。 体育館へ向かいながら、みんな流行りの音楽や映画の話をしている。オレも依伊汰達と最近見たTV番組の話で盛り上がっていたんだけど、渡り廊下に差し掛かったところで修作先輩の姿を見つけてしまい、その話はもう半分も耳に入ってこなかった。 書類の山を重そうに抱えて女の人と話している先輩は、今日も楽しそうに笑ってる。‥あれ?あの人どこかで見たことがある‥‥そうだ、体育祭実行委員で一緒だったんだ。修作先輩はあの人と仲いいのかな‥‥好き、だったりするのかな。 そんな事を考えていたら、結構長い時間先輩を見てしまっていたらしい。目が合って、先輩から笑顔が消えた事でそれに気がついた。 ああ、またあの顔だ。ちょっと困ったような、難しい表情。 昨日あんな態度をとったんだ、そんな顔されても仕方がないのは分かってる。分かってるんだけど‥心臓を掴まれたような鈍い痛みがして、オレは先輩に声をかけるタイミングを失ってしまった。 オレは自分が先輩にとって“特別な存在”だと思っていたのかもしれない。誰にも言えない秘密を共有して、誰も知らない先輩を知っている。普通の人とは違うんだって思い上がっていた。‥でもそんなこと全然なくて。 会えばぎこちない会話しかできないし、目を合わせる事だってそう多くはない。まして他の人に見せる笑顔はオレには向けてくれない。なら、そんな特別いらない。普通な方がよっぽど羨ましい。 ‥だってオレは、あの笑顔をいつも遠くからしか見ることができないじゃないか。 足早に廊下を曲がり、自分には振り返ってくれることのない先輩の背中を、オレはただ見つめることしかできなかった。

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