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いつでも味方

「ただいま」 玄関ドアの開く音がして、ちぃ兄の声が聞こえてきた。オレの部屋は玄関を入ってすぐの所で、玄関先での会話がはっきりと聞きとれる。出迎えた母さんとちぃ兄の会話を、重い頭でしばらく聞いていた。 「おかえりなさい。疲れてない?」 「うん。あれ、父さんは?」 「急に大事な会議が入っちゃったんですって。夕飯には間に合わないから、先に食べててって」 「そっか。良太と七海は?」 「良太はバイト。今日は早く帰ってくるって言ってたんだけど‥七海は、」 自分の名前が耳に入って、ああ行かなきゃって思ったけど、どこか他人事のように感じてなかなか動けない。少しして母さんの呼ぶ声がして、オレはようやくイスから立ち上がり、ドアを開けてちぃ兄を出迎えた。 食事ができるまでの間、ちぃ兄と話をして待つ事にした。久しぶりのちぃ兄の部屋は相変わらずきっちり片付いていて、机の上には難しそうな本が山になっている。勉強が苦手なオレとは違って、頭の良いちぃ兄は昔からこういう本をよく読んでいた。 いつも夏休みに帰ってくるちぃ兄だけど、今年は大学が忙しくて帰ってこられなかったから、試験休みのこの土日に帰ってきたと話してくれた。 「ちぃ兄元気だった?」 「うん」 「そっかー良かった!」 「七海は‥あんまり元気じゃなさそうだね」 頑張って笑ってたつもりだったけど、すぐに見抜かれてしまった。‥やっぱりちぃ兄には敵わないや。 ちぃ兄とりょう兄は双子なのに全然似ていない。周りの人は「そっくり」って言うけど、それは外見だけで‥まぁ、オレからしたらそれも全然違うんだけど、とにかく二人は正反対。 おしゃべりなりょう兄と違って、ちぃ兄はあまり自分から話す方ではないんだけれど、オレやりょう兄、そして父さん母さんの事をちゃんと見ていてくれて、とても頼りになる。オレは昔から、困った時はよくちぃ兄に話を聞いてもらっていた。だから今日も、オレはちぃ兄の優しさに甘えようと、笑顔を作るのはやめた。 「友達と喧嘩でもした?」 「あー‥うん、そんなカンジ」 「そっか。七海が誰かと喧嘩するなんて珍しいね。よっぽど嫌なことされたの?」 「そーじゃなくて‥」 オレが言葉に詰まるとしばらく沈黙が続く。こういう時、いつまでも待ってくれるのがちぃ兄の優しいところだ。頭の中に散らばっている文字を、オレは少しずつ繋げて言葉にしていく。 「オレが、イライラしてひとりで勝手に怒って、先ぱ‥その人の友達の悪口言っちゃったんだ。その友達は全然悪くないのに、酷いこと言っちゃって。だからすごく怒られて‥でも怒られたら余計悔しくて言い返して、最後は無視しちゃった。‥オレ、どうしたらいいか分かんなくて‥」 核心に触れる部分は言えなくて、曖昧な答え方しかできない。それでもちぃ兄は黙って頷いて、オレの話を最後まで聞いてくれた。頭の中でグチャグチャになっていたものを言葉に出したら、少しだけ胸の奥が軽くなったような気がした。 「七海はその人のこと、もう嫌いになっちゃった?」 ちぃ兄は少し考えた様子をみせて、そうオレに聞いてきた。オレはブンブンと頭を振る。嫌いどころか好きになってる、なんて言えなくて、また言葉に詰まって俯いた。 「俺ね、七海の素直で誰にでも真っ直ぐぶつかっていくところ、大好きだよ。それが今回はちょっとうまくいかなかったみたいだけど‥」 顔を上げると、ちぃ兄の優しい笑顔が目に入った。 「その人のこと、大切に思ってるからいっぱい悩んでるんだよね?仲直りしたいって思ってるんだよね?‥ 悪いことをしたって思うんだったら、素直に謝ればいい。今からでも遅くないよ。いつもみたいにちゃんと真っ直ぐ伝えれば、相手だってお前がわざとしたんじゃないって分かってくれるよ」 そうだ、答えは最初からひとつしかなかった。だけどそれがなかなかできなくて‥誰かに背中を押してもらいたかったんだ。それを今、ちぃ兄がしてくれた。 目を瞑って少しだけ長く息を吐くと、オレは今度は本物の笑顔でちぃ兄にお礼を言う。 「‥うん、ありがと」 「役に立てたかな?」 「うん!すっげー役に立った!」 「あははっ、それなら良かった」 ふわりと頭を撫でてくれたちぃ兄を見て、オレはふと、さっきちぃ兄が帰ってきた時のことを思い出した。 「‥ちぃ兄ごめんね」 「何で謝るの?」 「久しぶりに会ったのに、さっきちゃんと出迎えできなかったから‥」 「あー、それはちょっと悲しかったかも」 そう言っていたずらっぽく笑うちぃ兄につられて、オレも笑った。 「あ、そうだ」 「なぁに?」 「良太と仲良くやってる?」 「あっ、そうそう!ちぃ兄聞いてよー!りょう兄ってば酷いんだよ!昨日もさー‥」 少し元気を取り戻したオレが昨日の一部始終をここぞとばかりに話すと、ちぃ兄は声を上げて笑いだした。もー、こっちは真剣なのにっ! 「あははっ、良太らしい」 「??」 「良太なりにお前を励まそうと思ったんじゃないかな。メールだと、お前の事いつも心配してるぞ」 「えっ‥?」 「ただいまー!千晶帰ってるー??」 りょう兄の声がして、廊下をバタバタと慌ただしく走る音が聞こえてくる。よいしょ、と年寄りみたいな掛け声とともに立ち上がったちぃ兄は、ドアノブに手をかけると「あっ」と声をあげて、何かを思い出したようにオレの方を振り返った。 「メールの話、良太には内緒ね」 そう言って優しく笑うと、ちぃ兄は先に部屋を出てリビングへと向かった。 知ってたよ、りょう兄が意地悪じゃない事。なんだかんだ言いながら気がつくといつも声をかけてくれて、励ましてくれてたから。‥ちょっと乱暴だけど。 失敗しても、立ち止まっても、いつも必ず見守ってくれている。そんな兄ちゃん達がオレは大好きだ。そう思ったら何だかすごく前向きな気持ちになれた。 ‥ちゃんと謝ろう。修作先輩にも、そして一緒にいたあの先輩にも。 「七海、夕飯できたみたいだよ」 「お前の好きなケーキ買ってきたぞー」 「‥うん!今行くーっ!」 2人に呼ばれ、オレは部屋の電気を消して兄ちゃん達の笑い声のするリビングへと向かった。

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