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拒絶
「~~~っ離せよッ!!!」
耳を割くような声と同時に、ドンっと身体に衝撃を受ける。それが突き飛ばされたと理解するのにそう時間はかからなかった。先輩との距離が、何より先輩のオレを見る目が全てを物語っていた。‥そうかオレ、拒否されたんだ。
「先輩‥‥?」
「やっぱおかしいよこんなの普通じゃねえって!!何なんだよ!!どういうつもりでこんな‥‥」
ここまではっきり突き放されたのは初めてだったから、こういう時どんな顔をしたらいいか分からなくて、オレは微妙な表情のままただ先輩の名前を呼ぶことしかできない。そして弱々しくつぶやいたその名前さえも、先輩の言葉によってかき消されてしまった。
『普通じゃない』
その言葉が酷く胸に突き刺さる。
「‥‥‥普通ってなに‥?」
頭の中をグルグルとまわるその文字が、行き場を失って音となって溢れた。一度溢れてしまったら、もう止めることはできない。
「ねえ先輩の言う普通って何?好きな人とじゃなきゃしないってこと?それって誰の普通なの?先輩のでしょ?どうしてそれがオレにも当てはまるって思うの?」
そこまで言って、オレは泣いている事に気が付いた。
他の人とは違うと線を引かれた。
先輩の“普通”から外れているオレは全てを否定されて、先輩の中に存在することすら許されない気がした。それがただただ、悲しい。
確かに最初はおかしかったのかもしれない。先生の代わりに先輩を使って、ただ欲を満たして、その場で満足すればいいと思っていたから。‥だけど今は違う。先輩のことが好きだ。だから今まで以上に触れたいって思った、セックスだってしたいって思った。それっておかしいことなの?普通じゃないの‥?
混乱する頭にふと過ぎったのは、先生との甘くて苦い記憶だった。
「オレ、中学んとき‥‥先生とエッチしてたんだ。美術の先生。部活のない日に呼び出されて、何回もした。遊びに行ったり色んなこと話したりなんて、そういうの‥‥いっこもなかったけど!でもオレは先生のこと好きだったから幸せだった!“普通”に恋愛してた!先輩が言う普通って何?!好きになって告白して付き合ってデートして?そういうこと?それならオレは普通じゃないよ!“普通”の恋愛の仕方なんて、これっぽっちも分かんない!!!」
先生とのことは話すつもりはなかった。この先、誰にも。でも何故だか先輩には話さないといけないって思って、ずっとずっと隠していた部分を全部吐き出した。案の定先輩はとても複雑な顔をして、そしてその表情のままオレに問いかけてきた。
「‥‥じゃあ何でそいつの“代わり”がいるんだよ」
「‥‥‥」
「お互い好きなら俺じゃなくてそいつとヤれよ!でも出来ないから“代わり”がいるんだろ!?結局捨てられてんじゃねえかそいつはお前のことホントに好きだったのかよ!!」
先輩の言葉は痛いほど真っ直ぐで、オレの心の一番奥を容赦なく抉る。‥そうだ、本当はもうずっと前から気付いてた。だけど認めたくなくて、ずっと気付かないふりをしてた。
オレは‥‥先生に捨てられたんだ。
先輩の言う通り、先生はオレのことなんて初めから何とも思っていなかったのかもしれない。好きだって思っていたのはオレだけで、ひとりで恋愛してる気になって。だから‥必要なくなったらあっさり切られた。
‥でもそれだけは思いたくない。だってそう思ってしまったら、あの頃のオレを全部否定してしまうみたいですごく辛いから。
「〜‥ッそんなの分かんないよ!!でもだから‥‥っ!今はそういう話じゃないじゃん‥‥っ!」
考えれば考えるほど糸は絡まっていく。先生のことと先輩のことで頭の中はぐちゃぐちゃで、うまく言葉に出せない。
「じゃどういう話だよ!こっちだってお前に振り回されんのはもうたくさんなんだよ!!!」
そう言われて、もう何も言葉を返せなかった。先輩はいつも口数が少ないから、正直どんな風に考えているのか分からない部分が多かったけど、今初めて先輩の本心が見えた気がした。
「‥‥そうだね。ごめんね振り回して」
「‥‥‥」
「帰る」
机の上に置かれた鞄を掴み取ると、オレは先輩を残して教室から走り去った。
先輩には自分の全てを知ってほしい、受け入れてほしいって思った。先輩だったら、こんなサイテーな自分でも受け止めてくれるんじゃないか、ずっとずっと忘れられなかった先生のことを終わらせてくれるんじゃないかって期待したのかもしれない。‥だけどそんな都合の良いようにいくわけない。オレはそれだけ、先輩に酷いことをしてきてしまったのだから。
今までオレと先輩を辛うじて繋いでいた糸が、プツリと音を立てて切れた。
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