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それぞれの決意

「お邪魔しましたー!」 来た時と変わらぬテンションでお礼の言葉を伝えると、七海は深々と頭を下げる。 「一ノ瀬送ってくるから」 「はーい、気をつけてよ。七海ちゃんまた来てね!」 「はい!また来まーす!おばあちゃんもバイバイ!」 玄関先まで見送りに来た三和子と祖母を振り返り、何度も手を振りながら七海は譜久田家をあとにした。気がつくと修作とかなり距離ができてしまっていて、七海は慌ててそのあとを追いかける。初めて修作の家を訪れた時とはまた違う思いを抱き、今度はもう置いていかれないようにと、すぐ隣に並んで駅までの道を歩く。 「‥‥ありがとな、色々」 「え、なにが?!オレの方こそいっぱいごちそう食べたし、ありがとうだよ!」 修作の顔を覗き込むとだいぶ顔色が良くなっていて、その姿に七海は安心して笑顔が溢れた。 「‥‥一ノ瀬、何であそこにいたの?」 修作の質問に心臓の音が僅かに早くなる。先ほどまでのフワフワした気持ちから一気に緊張へと変わり、七海は少しだけ表情を硬くして言葉を詰まらせた。 「え?うん、えーっと‥。その‥、たまたま?通りかかって‥‥」 「そっか‥‥」 「‥‥や、ううん!違うホントは‥‥。先輩が‥‥」 「‥‥?」 途中まで言いかけて、七海は突然頭をブンブンと振って視線を落とす。 もう嘘はつきたくない、大切なことから逃げ出したくない。大好きな人を傷つけてしまわないように、もう二度と泣かせてしまわないように、本当の気持ちを伝えなくてはいけないと思った。 止まりそうなほどゆっくりになったスピードで歩きながら、七海は再び顔を上げて真っ直ぐな瞳で修作を見据えた。 「先輩が、いたらいいなって‥‥。分かんないけど、いてくれてるような気がして‥‥だから‥‥」 「俺が、いたらいいなって‥‥思ったの?」 修作の問いに七海は無言で頷いた。修作は少し驚いたような表情を見せて、七海の言葉の続きに耳を傾ける。 「そしたら先輩倒れてて‥‥。焦ったけど、でもっ、行ってよかった!あんなとこで倒れてたって、誰も見つけてくれないよ‥‥」 教室で修作を見つけた時の事を思い出すと今でもゾッとする。視線を落とした七海は、不安を隠すように少し長めの髪の裾にそっと触れた。 「一ノ瀬、あのさ」 少しの沈黙のあと、12月の冷たい風が吹いて、それが合図だったかのように修作が静かに言葉を紡ぐ。その張り詰めた空気が七海にも伝わってきて、何かとても大事なことを言われると感じ取ると、聞き逃してしまわないよう、 視線を戻して修作の言葉だけに神経を集中させた。 「俺、お前のこと‥‥‥」 「‥‥うん」 「‥‥受験、終わったら」 「?うん?」 頭をガシガシと掻いて、修作は言いかけた言葉を変える。ゆっくりと足を止めて七海と向き合うように立つと、修作は困ったような泣きそうなような複雑な表情を浮かべ、けれど真っ直ぐな視線を向けて七海を見据えた。街灯の仄かな明かりが優しく見守るように二人を照らす。 「受験終わったらさ。お前にちゃんと‥‥、告白、するから‥‥」 「‥‥」 「だから‥‥。か、考えといて‥‥‥」 最後は俯いて言葉は途切れ途切れだし、内容だって今ふと期待したのの1/10くらい。‥だけどそんなの構わない。修作の精一杯の気持ちがこもった言葉を修作本人の口から聞けたことが、七海には何よりも嬉しかった。 「修作先輩」 名前を呼ぶと、顔を上げた修作と目が合う。 もうそんな不安そうな顔しないで。 泣いたりしないで。 「‥‥ありがとう。オレ、待ってるね」 瑠璃色の大きな瞳を潤ませて、七海は迷いなく真っ直ぐに答える。修作に向けられた笑顔は、紛れもない、本物の笑顔だった。 「ねえ、先輩」 「ん?」 七海は自分の中で1つ決めたことがある。きっとそれはすごく辛いけれど、修作のために、そして自分のために、そうしなければならないと思ったこと。 「受験が終わるまで、オレメールしない。邪魔になりたくないし‥‥。けど、もし、行き詰ったりとか、ストレスたまったりとかしたら、そん時はいつでも呼んで。オレそっこーで先輩んとこ飛んで行く!‥‥だから、着拒とブロックは、解除しといてほしいな」 「‥‥うん、分かった。ごめんな‥。ほんとに‥、ごめん‥‥」 「もういいよ。忘れてた」 そう言って伸ばした手が修作の頭をフワリと撫でる。何処かで聞いたことのある台詞と動作にハッとした修作を見て、七海はフフッと得意げに笑い、それを見た修作も思わず笑みが溢れた。 「あ‥‥。やっと笑ってくれた」 「え?」 それはずっとずっと自分に向けてほしかった優しい笑顔。 もう一度言って、と修作に目線を送られたが、七海は幸せそうに笑って首を振るだけだった。 こそばゆい感じがとても愛おしい。ずっと一緒にいたい、もっともっとたくさん話をしたい。‥だけど今はほんの少し我慢しよう。 大丈夫、さっきまでの不安な気持ちはもう何処にもないのだから。 「ここでいいよ!もう駅だし!送ってくれてありがとう!と、ごちそうさまでした!先輩、勉強がんばってね!あっ、でも無理はダメだよ!ちゃんとご飯食べて、ちゃんと寝るんだよ!分かった?!オレもちゃんと待ってるし、めちゃくちゃ応援してるから!!」 「お前至近距離で声がでかいんだよ!」 修作の右手を取ると、七海は両手でぎゅっと包んで何度も何度も上下に振った。修作に注意されるが、その声は優しくて笑顔が溢れていたから、七海も負けないくらいの笑顔を返して、名残惜しそうにその手を離した。 「じゃあバイバイ!おやすみなさい!」 そう言って駆け出した七海は、何度も修作の方を振り返り、その度に大きく手を振った。 駅のホームで電車が来るのを待つ間、七海は修作の言葉を、表情を何度も思い返す。両手には修作の温かい手の感触がまだ残っていて、心臓の音は相変わらず早いまま。 『 受験終わったらさ。お前にちゃんと‥‥、告白、するから‥‥』 「‥もうほとんど告白じゃん‥」 思わず言葉が漏れ、七海は顔がニヤてけしまうのを必死で堪えていた。 電車がホームへと入ってくる。七海がその音に紛れるように今の素直な気持ちを言葉に出してみると、それは誰にも聞かれることなくブレーキ音と共に冬の空に消えていった。 今はまだ大事にしまっておこう。今度会った時に、自信を持って伝えられるように。 だからそれまで修作を信じて待っていよう。 『大好きだよ、修作先輩』 出発を告げるベルに背中を押され、七海は電車へと乗りこんだ。

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