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新しい年の始まり
「さて、そろそろお蕎麦の準備しようかしら。七海はお蕎麦1人前で足りる?」
「あー‥もうちょっと食べれるかも!」
「はいはい、じゃあ2人前にしとくわね」
「お前夕飯あんだけ食っといてよく入るな」
「育ち盛りなんですー!‥あ、オレこの人達の歌好きー!」
呆れた表情を見せる良太を横目に、七海はテレビから聞こえてくる男性ユニットの軽快な歌を口ずさむ。自宅のリビングで紅白歌合戦を見ながら年越しそばを食べるのが一ノ瀬家の年末恒例行事だ。しばらくすると、キッチンからダシの香ばしい匂いが漂ってきた。
「ごちそうさまでした!」
2人前の蕎麦を完食し、七海は少し苦しそうに息を吐いて壁にかかった時計に目をやる。時刻は11時45分。
「母さん始まったよ、ゆく年くる年」
「あら、もうそんな時間?」
良太が母の美穂に声をかけると、洗い物を手伝っていた千晶と一緒にキッチンから出てきた。
一ノ瀬家が全員が揃うのは珍しい。家を出ている千晶と、仕事が多忙で毎日帰宅時間が遅く休日出勤も多い父の隆が顔を合わせるのは、1年のうちでそう多くはない。年末に皆でこうして同じ時間を過ごすのが、七海はとても好きだった。
「なーんかこれ見ると妙に落ち着くんだよなー」
「りょう兄ジジくさ‥っ痛!痛い!!前髪引っ張んないでよー!!」
「誰がジジくさいって?おン前はこんな女子みたいなもん付けてないで切ろ!よーし、今から断髪式やんぞ!千晶ハサミー!」
「ちょっ‥ちぃ兄助けてー!」
「2人とも仲良しだね」
「「どこが!!」」
男兄弟3人が一緒にいると、それなりに広いリビングがとても狭く感じる。楽しそうな息子達の邪魔をするまいとダイニングテーブルの方へ移動した隆は、いつの間にかこんなにも成長していた我が子の姿をしっかりと見つめ、 美穂の差し出したお茶をすすった。やっと椅子に座ることができた美穂も、隆に「お疲れ様」とねぎらいの言葉をかけられると、ふぅ‥と幸せのため息をついて3人の姿を微笑ましく見守っていた。
テレビから聞こえてくる除夜の鐘の音に耳を傾けながら、七海は今年1年のことを振り返る。
たくさんのことがあった。本当に。
去年の今頃は何をしていただろう?ああそうだ、高校受験で必死に勉強していた。あんなに勉強したのは、後にも先にもあの時だけだ。合格発表はすごくドキドキしたな。卒業式が終わって、その日の夜にピアスを開けたっけ。仲の良かった友達と別れて悲しくて、だけど高校に入学して、また新しい友達がたくさんできた。成績は相変わらず下の下だけど、学校は毎日楽しい。そして‥大切な人にも出会えた。
「七海、カウントダウン」
「‥うん!5、4、3、2、1‥」
『あけましておめでとうございます』
そしてまた、新しい1年が始まった。
*
1月1日早朝。枕元でスマホが鳴っているのに気がついて、七海はいつもより少しだけ早く起きた。昨晩日付が変わってすぐに友達におめでとうのメッセージを送って、ひと通りやり取りは済んでいたから、誰か送り忘れてたっけ?とまだはっきりしない頭でそんなことを考えながら、七海はスマホの画面を開く。
『修作先輩︰あけましておめでとう』
画面を二度見するほど驚いた。心臓が痛いほど速く脈打ち、さっきまでの眠気はすっかり覚めてしまった。
「自分からは連絡しない」
そう言って修作と別れてから届いた初めてのメッセージ。高鳴る気持ちを抑えて、七海はいつもよりゆっくりと文字を打った。
『あけましておめでとうございます!先輩風邪引いてない?勉強頑張ってね!今年もよろしくお願いします!』
********
「えーたー!ほすけー!お待たせーー!!」
ハァハァと息を切らせて、七海は大きく手を振りながら神社の入り口で待っている依伊汰と穂輔の元に駆け寄った。1月3日、今日は電車で少し行ったところにある割りと名前の知れた神社で、依伊汰、穂輔と初詣をする約束をしていた。
「おっせー。10分の遅刻」
「七海くん年が明けても相変わらずだねー」
「ごっ‥めん!年賀状の仕分けしてたら見入っちゃって」
「年賀状って珍しいね、このご時世に」
「ほとんど父さんの。それがめちゃめちゃ多くてさ!しかも毎日来るんだよー!」
「お前は書かねぇの?」
「ほぼライン。でも年賀状の絵は毎年オレが描いてるんだ!‥あ、ちょっと待って‥」
七海はショルダーバッグの中身をゴソゴソとかき混ぜて年賀はがきを取り出すと、2人に差し出した。
「2人に年賀状書いてきた!」
「わーありがとう。年賀状とか久しぶり」
「俺も。‥これお前の絵?」
「うん、そう!」
そこには雪化粧した富士山がダイナミックに描かれていた。そして今年の干支である猿が頭にタオルを乗せて温泉に浸かっているのがとてもほのぼのとしていて七海らしい絵だった。
「やっぱりスゴいなぁ、七海くんの絵は」
「本当?やった!」
「‥絵は、な」
「ん?」
穂輔が指差したのは、『今年もヨロシク!』とデカデカと書かれた文字。小学生でももう少しまともな字を書きそうなものだが‥とにかく七海の書く字は驚くほど下手だった。
「お前‥もう少し字、何とかなんねーのかよ」
「えー?俺は七海くんの字好きだよ、ピカソみたいで」
「‥お前それ、褒めてねーだろ」
「えーたぁ‥嬉しい‥!」
「いいのかよ!!」
七海と依伊汰の不思議なノリに、穂輔は今日も頭を抱えていた。
「あ!」
七海が思い出したように2人の方に向き直る。
「あけましておめでとう!」
「おめでとう。すっかり忘れてたね」
「誰かさんの遅刻のせいでな」
「もーごめんって!」
「ははっ、今年もよろしく」
「それじゃあ行こうか、初詣」
「うん!」
大きな鳥居をくぐり、3人は境内へと入っていった。
人が多い元旦は避けたものの、やはりそれなりに有名な神社だけあって、参拝者は途絶えることなくやってくる。拝殿のど真ん中を陣取った七海は、もう随分長い間手を合わせていた。
「‥‥‥‥よし!あ、2人とも終わってる!」
先に参拝し終わった依伊汰と穂輔の元に駆け寄った七海は、満足げに鼻歌をうたう。
「すげー真剣だったな」
「七海くんいっぱいお願いしたの?」
「ううん、1つだけー」
「1つにしては長くね?」
「えへへ、100回お願いした!」
「あははっ、そしたら絶対叶うね」
依伊汰にそう言われ、七海は満面の笑みを浮かべた。
「お参りしたらお腹空いちゃった!屋台いっぱいだよー!なんか食べてこ!」
「食いしん坊かよ」
「俺もお腹空いたー。穂輔くんも食べよ?」
「オレたこ焼きー!」
「俺はじゃがバターがいいなぁ」
「俺はお好み焼き一択」
「じゃあ行こーーっ!!」
七海の元気な掛け声と共に、3人は人波をかき分けて屋台を目指して歩きだした。
「‥つーかお前、何を100回もお願いしたんだ?」
「ん?へへー、ヒミツ!」
穂輔に笑顔でそう言った七海はくるりと拝殿の方を振り返り、もう一度手を合わせて101回目のお願いをした。
どうかどうか‥
修作先輩が大学に合格できますように
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