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エール

「あー‥‥、どうしようかなぁ‥うーん‥」 夕飯も入浴も済ませた七海は先程からスマホ片手に部屋をウロウロし、あーでもないこーでもないと一人ブツブツ言いながら頭を抱えていた。‥明日は修作の第一志望校の受験日。 「自分から連絡しない」と決めて今日までそれを守ってきたけれど、今日はどうしても伝えたいことがあった。 『こっちから連絡しないって言ったのにごめんなさい!明日、試験がんばってね!!ってどうしても言いたくて!』 メッセージの文面はとっくに打ち終わっていた。あとは送信ボタンを押すだけなのだが、その勇気がなかなか出ない。‥さらに悩むこと数十分。 「‥えーい、送っちゃえ!」 意を決して送信ボタンをタップし、七海はスマホをベッドに放ると自分もそのままベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めた。 (あーあ、送っちゃった‥) 返事をもらおうとは思っていなかった。ただ、応援しているという自分の気持ちが修作に伝われば良いな‥と純粋にそう思っていた。 (‥修作先輩、見てくれたかな‥) 既読チェックをしようとスマホに手を伸ばしたタイミングで着信音が鳴る。七海はベッドから飛び起きてメッセージチェックをしようと慌てて手に取ると、画面に出ている『着信:修作先輩』の文字に思わず「電話?!」と声を上げてしまった。 七海は落としかけたスマホをしっかり握り直してゆっくりと通話ボタンをタップすると、今日1番の明るい声を出した。 「もしもし!」 『あー‥。えーと、久しぶり』 「うん!あ‥‥。メール、ごめんなさい」 『いーよ』 久々に聞く修作の声に嬉しいはずなのに、それ以上に緊張が勝ってしまってうまく喋れていないのが自分でも分かる。前はどんな風に話してたっけ?‥と、七海は記憶を辿った。 『‥‥‥‥』 「‥‥修作先輩?」 『なんかしゃべって』 「え?!なんかってなに?」 『なんでもいいから』 「え?え~‥?うーんと‥‥。あっ!この前クラスの友達とスノボ行ってさ!」 突然何かしゃべれと言われて少し困ってしまったが、七海はこの前クラスメイトとスノボに行った時の話をした。それから、友達のバイト先に面白い人がいるとか、ファーストフード店でやたら長いメニュー名を間違えずに言えるか競い合ったとか‥電話先の修作の表情は見えないけれど、時々返ってくる耳に響く深い声がとても心地よくて、七海は会話が途切れてしまわないように、そんな他愛もない話をいくつもした。  ‥ふとその声が聞こえなくなって、不安になった七海は修作の名前を呼ぶ。 「‥‥先輩?寝てんの?」 『ん?寝てない。聞いてる』 「俺ばっかしゃべってるけど‥‥」 『うん、いいじゃん。お前の声聞いてると落ち着く』 「えっ、は?!いきなり何言ってんの?!」 『照れてんの』 「別に?!全然!」 『落ち着く』‥突然そんなことを言われて動揺しないわけがない。電話先で笑う修作の優しい声が耳を擽って、また少しだけ心臓の音が速くなった。 『‥‥一ノ瀬ごめんな』 「え?!なにが?!」 『前に‥‥。お前に“こんなの普通じゃない”って言ったこと、ずっと謝らなきゃって思ってて‥‥』 「え?あ~‥。別に気にしてないよ?てかその通りだし」 今思えばあの頃は本当にどうかしていた。必死だったとはいえ、言われて当然の事をしたと七海は自覚している。 『‥‥俺、昔友達に“お前は普通だな”って言われてすげームカついたんだよ。まあ実際そうだから余計嫌だったんだけど‥‥。でもそんな俺が“普通じゃない”なんて言うなんて、矛盾しすぎ‥‥って思ってさ。だからごめん』 「先輩、将来ハゲそう」 『は?!』 「細かいこと悩んでるとストレスたまるよってこと!」 『悪かったな』 「‥‥‥先輩優しいね」 『‥‥どこが‥』 忘れたわけじゃないけれど、あの時泣くほど悩んでいたことを、小さくて何でもないと思えてしまうのは、きっと今がとても幸せだから。酷いことを言ったと謝る修作は、やっぱり優しい人だと七海は思った。 ふと時計を見ると、電話をし始めてからもうだいぶ時間が経っているのに気づく。 「ねえ、もう10時だよ。そろそろ寝る?」 『ん~‥‥。風呂入ろうかな』 「うん、今日は早く寝た方がいいよ。鉛筆と消しゴムと受験票忘れちゃだめだよ!」 『お前と一緒にすんなって』 「何それ!オレだって忘れないよー!」 そう言って二人で笑い合う。この幸せな時間がずっと続けばいいのにと七海は心底思ったけれど、今はぐっと我儘する。少しの沈黙のあと、修作がゆっくりと口を開いた。 『‥‥じゃあ、』 「あ!明日、がんばってください」 『なんで敬語だよ』 「あっ、‥えへへ、緊張しちゃった」 修作の笑い声に、七海もつられて笑った。 「‥‥明日、がんばって」 『うん、ありがとう‥‥。おやすみ』 「おやすみなさい!」 電話を切ってからも修作の声が耳に残っていて、目を閉じると心臓の鼓動が速くなる。ちっともドキドキが止まらなくて、七海はこの日、ほとんど眠れなかった。 * 『試験終わり。あさってまた他んとこ受けるけど‥。合格発表は2/9』 翌日、試験が無事終わったと修作からメッセージが届く。 『お疲れさまでした!!オレも神頼みしといたから絶対大丈夫!!あさってのとこも!!』 『ありがとう笑』 そんな短いやり取りをして、七海は安堵のため息をこぼした。

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