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第3話

 それからというもの、俺はルーシスに付きまとわれるようになった。 「クルト!」  顔を合わせると、飼い主を見つけた犬のように駆け寄ってくる。他の者がいくら声をかけようとしても、お構いなしだ。  それまでのルーシスは誰にでも優しいタイプだった。自分に話しかけてくる相手には、必ず誠意をもって対応していた。  それが今や、俺のことしか目に入っていないのか、という行動をとるようになってしまった。俺の姿を見つけるや、一直線。他の奴が挨拶をしても完全無視。たまに俺とルーシスの間に無理やり入ってこようとする奴もいるが、そんな時、ルーシスはものすごく不機嫌な顔に変わって、その相手に刺々しい言葉を投げかける。  惚れ薬の効果がここまで強力なものだったとは……。ルーシスは状態異常に多くの耐性を持っていたはずなのに、この狂い様だ。恐ろしい。 「今日もフードつけてるんだ。もっとよく顔を見せてよ」  その日も俺は、ルーシスにべったりと付きまとわれていた。とろけんばかりの眼差しと笑顔を向けられて、俺は内心で戸惑う。  ルーシスが頬へと手を伸ばしてきたので、それを慌てて振り払った。 「や、やめてくれ。触るな」 「ごめん、クルトがかわいいから、つい」  ちなみに本日5回目くらいの「かわいい」である。そろそろ「かわいい」の定義が崩壊しそうだから、やめてほしい。というか、俺は人から褒められ慣れていないので、薬のせいだと承知していても、そう言われる度に心臓が締め付けられるようになってしまう。 「あーあー! よかったねえ、クルトお兄ちゃん! 惚れ薬を、無理やり! ルーシスさんに飲ませたおかげで、そんなに優しくしてもらえてさあ!」  厭味ったらしさ全開で告げたのはパウルだった。明らかに「おもしろくない!」という顔をしている。  パウルはイライラした様子で、分厚い魔術書を机に叩きつけた。  パウルの台詞で、辺りの温度が急低下するのがわかる。周囲の俺を見る目が凶悪さを増した。  こいつがいちいち大きな声で「お兄ちゃんがルーシスさんに惚れ薬を飲ませた」と騒ぐせいで、その話はすっかりとギルド内に浸透してしまった。  始めは俺も訂正していたが、効果がないことに気付いた。ギルド内に取り巻きが多いパウルと、嫌われ者である俺の言葉では、みんなパウルの方を信じるに決まっている。  それに、薬をルーシスにぶっかけてしまったのは、一応、俺だしな……。俺を突き飛ばしたのはロべリオで、薬を用意したのはパウルとはいえ。  今では何を言われても、黙ってやり過ごすことにしている。  罵倒を受ける分には、耳を塞いでやり過ごすことができるが……困ったのは、実力行使に出ようとする奴がいることだった。  ルーシスはギルドの人気者だ。そんな相手に無理やり惚れ薬を飲ませた異常者。それが俺。  だから、始めの2日間は、ギルド内での俺の扱いはひどいものだった。  小突かれる、足をかけられる、わざと飲み物をぶっかけられる、唾を吐きかけられる、などなど。裏通りに連れこまれた時は、危うくリンチに遭いかけた。これでも一応、Sランクの魔術師なので、魔術を使って何とか逃げとおせたが……。  散々な目にばかり遭った。  だが、俺が周りから嫌がらせを受けたのは、初めの2日間だけだった。連中はルーシスがいない時を狙って俺を攻撃していたが、さすがに行為がエスカレートしてくれば、ルーシスだって気付く。 『クルトに嫌がらせをするのはやめろ!』  ギルドメンバーの前で、ルーシスは堂々と言った。なぜか俺を抱きしめながら。  あんなに憤慨しているルーシスなんて、俺は初めて見た。  それからというもの、俺への嫌がらせは止んでいた。直接攻撃をしてこなくなっただけで、刺すような視線を向けられたり、ひそひそと陰口を叩かれたりすることは続いていたが、俺は気にしないことにしていた。もともと俺はギルドのつまはじき者だ。そんな扱いにはもう慣れてしまっていた。  慣れないのは、ルーシスに付きまとわれることだ。  俺が行くところ必ず後を追って来るわ、バカの1つ覚えかというほど、「かわいい」だの「好き」だの耳に吹きこんでくるわ、果ては毎朝、俺の家の前まで迎えに来るようにまでなっていた。玄関の扉を開けたら即ルーシスとご対面だなんて、どんな悪い冗談だ? というか、毎朝、何時から俺の家の前で待ってるんだ? 忠犬か? そして、帰りはもちろん、俺に引っ付いて、家まで送り届けてくれる。  つまり、朝から晩まで俺はルーシスに付きまとわれていた。心休まる時がない。  薬のせいでここまで頭がやられてしまうとは……。  このままでは俺の心臓が持たない。一刻も早く、ダメ度が進行している『勇者』を元に戻してやらねばならない。  というわけで、俺とパウルはそろって魔術書を読んでいた。  惚れ薬の効果の解除方法を調べていたのだ。ちなみに俺のすぐ横にはルーシスが座って、いろいろと話しかけてくるので、本に集中できない。正直、鬱陶しい……。 「クルト! …………お兄ちゃん。あったよ、これ」  パウルが魔術書を俺の方へと差し出してくる。  そこには確かに「チャームリリー」特効薬の調合について書かれていた。  必要な素材を確認する。 「『魔樹の枝』は、≪木漏れ日の森≫で採れたな」 「『太陽石』は、≪デマーレ高地≫だねえ……」 「その2つさえそろえれば、後は街で買える素材か」 「じゃあ、手分けして採ってこようよ」  パウルと俺が出かける準備をしていると。 「俺もクルトと一緒に行くよ」  当然、忠犬と化したルーシスが俺に尻尾をぶんぶんと振っているわけで……。  パウルはあからさまに顔をしかめ、声を潜めた。 「惚れ薬の効果が切れたら、その間の記憶は全部忘れてしまうって、本には書いてあるよ。だから、ルーシスさんがおかしくなっているのは、今のうちだけだよ。すぐにお兄ちゃんのことなんてどうでもよくなるんだからね」  そんなこと、言われなくてもわかってるよ……。  俺はしかめ面で頷くのだった。

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