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第4話
見渡す限り、木々が密集している。長く伸びた枝が頭上を覆っているが、葉の間を縫うようにして、陽光が零れ落ちる。柔らかな光が降り注ぎ、不思議と明るい空間だった。
吹きこむ風は清涼さを含んでいて、心が洗われるような感じがする。
ここは街から少し離れた所にある≪木漏れ日の森≫だ。
俺とルーシスは森の中に足を踏み入れていた。
特効薬を作るために必要となる『魔樹の枝』。それは『キラープラント』というモンスターを倒すことで、手に入れることができる。『キラープラント』の生息地が、この森の中なのだ。
明るい雰囲気とかわいらしい名前のために勘違いされることが多いが、この森はけっこうな危険地帯だ。草木が育つのに最適な環境が整っているらしく、植物系のモンスターがわんさかと生息している。そして、どのモンスターも階級が高い。
普通であれば、上級者がしっかりと準備を整えた上で、訪れるべき場所であった。
実際、俺とルーシスは森に入って、すぐに幾多のモンスターに襲われた。
しかし――
モンスターが襲って来て、わずか2秒足らず。戦闘が終了。
俺は戦闘態勢に入る間もなく、呆然と佇んでいた。
まさかの「やることがない」状態だった。そんなことが森に入ってからというもの、もう何度もくり返されていた。
モンスターが襲って来ると、すかさずルーシスが抜刀。そして、目を見張るほどのスピードで斬りかかった。一撃でモンスターの首をまとめて3体は薙いで、その返す刀で更に3体まとめて葬り去っているのである。
強い……強すぎる! そして、隙がない!
俺は攻撃専門の黒魔術師だ。
魔術師には大きく分けて、2通りのタイプが存在する。攻撃を専門とする黒魔術師と、回復や補助を専門とする白魔術師だ。俺が前者で、パウルが後者。
魔術の発動には詠唱が必要となり、時間がかかる。しかし、その代り、魔術の効果は広範囲に渡り、剣よりも一気にモンスターを掃討することができる。なので、戦闘では普通、前衛がモンスターの盾となって、術師の詠唱時間を稼ぎ、魔術師が後衛から呪文を放つ。それがセオリーだ。
それなのに……詠唱する間もなく、戦闘が終了してしまう。途中から俺は詠唱することも諦め、一騎当千のルーシスを観察することにした。
ルーシスがここまで強いとは知らなかった。何せ、一緒にパーティを組むのは初めてだからな。
さすが『勇者』の称号を持つだけのことはある。
魔物には階級がある。最低ランクがF、最高ランクはSSS。SSS級の魔物は滅多に出現せず、数十年に一度現れるかどうかといった具合だ。1体で街や国を滅ぼすほどの力を持っていて、別名、『魔王』とも呼ばれる。
そんな魔王級の魔物が、3か月前に出現した。各地で魔王による被害が出たことにより、冒険者ギルドはランクの高い冒険者を集め、討伐隊を結成した。多くの名のある冒険者が魔王に挑んでは敗れていった。その中で、魔王を討ち取った1人の男――それがルーシスだったのだ。ルーシスはその功績を称えられ、国から『勇者』の称号を与えられた。この国の危機を救った英雄、それがルーシスというわけだ。
ルーシスにまつわる逸話はそれだけでない。
こいつが操る剣。なぜか鞘から抜き放つと、刀身が光り輝いている。いかにも聖なる加護を受けてます! と言った感じだ。ルーシス曰く、遺跡を探索している時に地下深くの神殿のような場所でまつられていた剣らしい。始めは古ぼけた汚らしい剣だったそうなのだが、ルーシスが触れた途端、光り輝いて姿を変え、祭壇からすんなりと抜けたとのこと。
実はおとぎ話に出てくる聖者とかなんじゃないだろうか、こいつは。
光の剣を携えた勇者。だから、ルーシスの二つ名は『光の勇者』なのである。
能力も見た目も性格も境遇さえも、非の打ちどころのない男――それがルーシスだ。
そのはずだったのに、
「クルト、大丈夫だった? ケガしてない?」
戦闘が終わる度に、ルーシスは俺の様子を気にかけてくる。
秒で戦闘が終わってるのに、ケガなんかするか! そう思うのだが、俺に何もないことがわかると、ルーシスはホッとしたように笑顔になる。
それだけでなく道を進む間、小枝が邪魔にならないようにせっせと払ったり、足元に張ったツルを剣でなぎ払ったりと、かいがいしく俺の歩行をサポートしていた。
俺は姫か。そして、お前は従者か何かか。
というか、こいつが持ってる剣って、「伝説の剣」とか、「聖剣」とかそういう類いの物じゃないのか。そんなすごい代物を雑草を刈る用途に使うんじゃない。
全国民憧れの勇者様が……いきなりこんな残念な感じになってしまうとは。
森の中を歩く間も、ルーシスは何やかんやと俺に話しかけて来た。俺の返事はかなり素っ気ないものだ。人と話すのに慣れていないから、何と返していいのかわからない。
それなのにルーシスが俺を見る眼差しはとろけんばかり、何が楽しいのかずっと笑顔である。
ああ……見える……こいつに生えた犬耳と尻尾がパタパタと振られている幻覚が。
しかも、
「嬉しいな。俺、前から、クルトともっと話してみたいって思ってたんだ」
照れたように微笑みながら、ルーシスが言う。
前からって……いや、さすがに嘘だろ?
なんか記憶改竄まで行われてないか……? そんな効果もあるのか、「チャームリリー」。
そんなこんなで、俺とルーシスは森の最深部。『キラープラント』の生息地帯にやって来ていた。
「いた、『キラープラント』だ」
森の奥地。木々が途切れ、開いた場所へと出た。
2本の木が動いている。その樹木は、地表に飛び出た根をさわさわと動かしながら、移動していた。紺色の樹皮、太い幹、枝葉は毒々しい紫色。幹の中央部には切れ込みが入っていて、それがまるで人の顔のように見える。
危険度Aのモンスター。『キラープラント』だ。
ルーシスは真摯な目つきでモンスターを見据え、剣を抜き放った。
「俺がやるから、クルトは下がってて!」
言下に飛び出していくルーシス。
俺が声をかける間もなかった。
ルーシスが『キラープラント』に斬りかかる。幹を狙うが、『キラープラント』はすかさず枝をしならせ前へ。葉を広げて、ガードする。ルーシスの剣は枝葉を数本、斬り落とすだけに終わった。
『キラープラント』はAランクなことだけはある。さすがに道中のモンスターのように一撃でというわけにはいかないようだった。
しかし、ルーシスの動きは早い。返す刀で、胴体を狙った。『キラープラント』は根っこを蠢動させながら動き回る。枝を剣のように振って防ぐ……かと思いきや、ルーシスの怒涛の連撃が止まらない!
三撃、四撃、五撃目。どれもぬかりなく敵の急所を正確に狙っている。
すごいな、これが勇者の戦闘能力か……。動きに無駄がなく、剣を振り抜く動作は流麗だ。思わず見とれてしまった。
ルーシスの剣閃が、六合目にしてとうとう『キラープラント』の胴体へと届いた。
と、その時。ルーシスの背後から忍び寄る影がある。
俺は我に返った。
そうだ、『キラープラント』は2体いたのだった。ルーシスの動きに見惚れている場合ではない。
俺はそちらへと向かって、掌を向けた。
「≪闇より生まれ出でし・漆黒の炎よ≫」
ルーン語の詠唱と共に、空中に魔法陣が描かれていく。陣の中心部から黒い炎が吹き上がった。
黒魔術『カースフレイム』。
俺の得意属性は闇だ。闇属性の攻撃魔術なら、ほぼすべて使える。その中でも俺が選択したのは、闇属性でありながら炎属性を併せ持つ呪文。
植物系のモンスターはたいていが炎を弱点としている。
禍々しい暗黒色の炎が『キラープラント』へと襲いかかる。あっという間に黒炎に包まれ、樹皮が、枝葉が、焼け焦げていく。うろのようになった口が大きく開き、金切声が響き渡った。
その隙にルーシスが正面の『キラープラント』を一刀に伏した。ばしゅ、と光の軌跡が弧を描いて、空中に浮かび上がる。
金切り声が二重に重なる。
『キラープラント』の枝葉がぽろぽろと崩れ落ちていく。一拍遅れて、胴体が地面に倒れ伏した。
その光景を見やりながら、俺は内心で唖然としていた。
Aランクのモンスターをこんなにあっという間に倒すことができるなんて。
楽だった……。
いつもモンスターを狩る時は|1人(ソロ)だから、こんなに簡単に戦闘を終えられたのは初めてだ。何より、今日はまったくケガをしていない。
ルーシスが強すぎることもあるが、やはり前衛が1人いるだけでこうも安全に呪文を詠唱できるものなのか……。
まあ、どうせ最初で最後の共闘になるだろうけどな……。ルーシスに特効薬を飲ませたら、俺への恋心はもちろん、今日のことなんて忘れてしまう。そしたら、人気者のルーシスが俺とパーティを組むことなんて二度とないだろう。たまにルーシスからパーティに誘われることはあったけど、あれは社交辞令のようなものだろうと俺は思っていた。
心の奥がちくりと痛んだが、その痛みには気付かないフリをすることにした。
「クルト! とれたよ。『魔樹の枝』だ」
ルーシスが嬉しそうに枝を掲げながら、俺へと駆け寄ってくる。
こいつ……戦闘中はあんなにかっこよかったのに……。
今の姿はどう見ても、枝をくわえて、「ご主人様、持ってきました!」をする犬そのものだ。
忠犬と化した勇者を、俺は呆れ半分で見やっていた。
すると、輝かんばかりだったルーシスの笑顔がハッとひきつり、険しいものへと変わる。
「クルト……! 後ろだ!」
背後から気配。
慌てて振り向けば、『キラープラント』が触手のような枝を俺へと伸ばしていた。
『キラープラント』……! 3体目もいたのか!
この近距離では呪文の詠唱が間に合わない。
とっさに両腕を前に出して、ガードの体勢とる。
と、その時。
俺の前に影が躍り出る。肉が裂かれる音。鮮血が散った。
俺は愕然として、その光景を見やる。
「ルーシス!」
俺をかばったのは、ルーシスだった。
ルーシスは左腕を盾としながら、俺の前に立つ。もう片方の手で剣を凪ぎ払った。
剣閃が寸分たがわず、『キラープラント』の急所を斬り裂く。『キラープラント』の巨体が崩れ落ちた。
同時にルーシスの体がふらつく。腕を押さえ、その場に膝をついた。
「ルーシス……! 大丈夫か?」
俺はルーシスの正面へと周り、傷の状態を確認する。
肘の辺りが裂かれ、血が流れている。
致命傷となるほどのものではない。しかし、それでも気が気ではいられなかった。枝先が体内に触れてしまったのだ。
『キラープラント』がAランクのモンスターとして、危険視されている理由。
それは触手のような枝先には、毒が含まれているという点だった。
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