ルーシスの望みは、最後に俺に触れたいということだった。 　馬鹿げている、と思った。そんなことに意味はない。 　だって、惚れ薬の効果が切れたら、ルーシスに記憶は残らない。何をしても、無意味だ。 　そんな頼みなんて無視して、特効薬を飲ませてしまえばいい。そしたら、すべて終わりにできる。 　そのはずだったのに……。 　切なげな眼差しが俺を捕えて離さなかった。「駄目かな……？」と、苦しそうに告げるルーシスの頼みを、俺はどうしても拒否することができなかった。 　だから、今、俺はルーシスと寝室にいる。 　ルーシスの腕の中に閉じ込められた状態にある。 　何でこんなことになってしまったのだろう。俺は何度も後悔を胸の中に吐き出した。今からこいつと、ということを考えるだけでぞっとする。 　本当はこいつに触れられたくない。愛なんてささやかれたくなかった。 　と、俺は嫌で嫌で、逃げ出したくてたまらないのに、 「嬉しい……俺、こうやって、クルトに触れてみたかったんだ」 　ルーシスの声は嬉しさにあふれている。穏やかで、真摯な声音で、俺に告げる。 「俺……前から、クルトのことが好きだったんだ」 　自分では本物だと信じこんでいる、紛い物の愛を告げる。 　前から、だって？　薬のせいで、そう思いこまされているだけなのに？ 　――反吐が出る、と思った。 　言っている本人が、そのいびつさに気付きもしないなんて、こんな滑稽なことがあるだろうか。 　重なり合った胸から、高鳴る鼓動が伝わってくる。どくどくと早くなった心臓の音。触れた肌も火傷しそうなくらいに熱い。 　こんな愛は幻想なのに、本物だと信じこんでしまいそうだ。 　もう一度、「好きだ」とささやいた唇が、近づいてくる。あっさりと口をふさがれてしまった。 　呼吸が止まる。優しく、こちらの様子を窺うようなキスだった。それなのに、胸の奥の扉を無理やりこじ開けられたかのようで、心がざわざわとささくれ立つ。 　キスをされながら、ゆっくりとシーツの上に押し倒された。 　ルーシスが俺に触る手つきは、壊れ物を扱うかのように丁寧だった。いたるところを掌と指がなぞり、キスを落とされる。半年前にかかった病気で肌に残ったしみの部分は、より丁寧に愛撫された。何度も「好き」や「かわいい」と甘ったるい声をかけてくる。大切にされているのかと勘違いしそうになるほどだ。 　その手が下へと伸びてきて、陰茎を握られると、背中がびくりと跳ねた。 「んっ……」 　思わず、声が漏れた。 　ルーシスが形を確認するように指を這わせて、小さく笑う。 「よかった……ちゃんと感じてくれるんだ」 　しつこいくらいに丁寧な愛撫のせいで、その部分はすっかりと勃ち上っていた。 　羞恥心で俺は唇を噛んだ。 「……ッ……！　何も言うな……」 　下から睨み付けるけど、ルーシスはどこ吹く風だ。むしろ、俺を見つめる眼差しの糖度が増した。 「かわいい。クルトは本当にかわいい……その目も、その表情も。全部、好きだよ」 「口を閉じててくれ……」 　それ以上、甘ったるい台詞を聞きたくない。ほだされたくないんだ。俺は誰かに触られることも、抱きしめられることも、大切にされることにも慣れていない。 　だから、こいつが俺に「好き」だと言う度に、耳から入ったその言葉が脳内をぐちゃぐちゃに侵して、頭がおかしくなりそうだった。 　せめてその眼差しからは逃れようと、顔を背ける。 　すると、今度はキスが降って来た。愛おしそうに頬にキスを落とされてから、唇を塞がれる。感触を確かめあうようにじっくりと合わせられる。そして、口内に舌が押し入って来た。 「んっ……」 　突然のことで、鼻にかかった声が漏れてしまう。 　ルーシスはキスの仕方も丁寧だ。こちらを気遣うように、ゆっくりと舌を絡めてくる。繊細なキスなのに、粘膜同士がすり合う度に甘い痺れが体を走った。徐々に力が抜けていってしまう。 　同時に、陰茎をこすり上げられた。びりびりと脳内に電流が走る。 　キスをしながら扱かれ、俺は呆気なく達してしまった。 　頭がぼんやりとして、体が熱くなる。余韻がまとわりついて、ぬるま湯の中にいるみたいだった。 　ぼーっとしている俺の顔中にルーシスがキスを落とす。 「クルト、すごくかわいかったよ」 「だから、そういうの……やめてくれ」 　俺は熱くなっていく頭でのぼせそうになりながら、ルーシスを押しのけた。 　太ももを撫でられる。その手が徐々に下がっていって、臀部へと触れた。指が後孔の辺りを掠めると、思わず息を止めてしまった。 　緊張が伝わってしまったらしく、ルーシスは優しく俺の髪を撫でる。 「大丈夫。クルトが苦しくないようにやるから」 　こいつのこういうところ、本当に嫌だ……。 　そう思いつつも、俺はすでに抵抗する気力もない。 　香油でしっかりと指を濡らしてから、ルーシスがそこへと触れてくる。先端は思っていたよりもあっさりと呑み込んでしまった。しかし、指が中ほどまで入ってくると、何とも嫌な異物感を覚えてしまう。 　眉をひそめる。すると、すぐにルーシスが気付いて、唇を重ねて来た。 　柔らかい唇の感触。労わるように丁寧に口づけられて、悔しいけど安堵感を覚えてしまった。体の力が抜けたからか、指が入ってくる嫌な感じもあまり覚えなくなる。気が付けば、付け根が臀部に密着するくらいに奥深くまで侵入を許してしまっていた。 　ちゅ、ちゅ、とキスを受けながら、中を探られる。角度を変えて内壁を撫で上げられると、全身を妙な感覚が廻った。 「んっ、……ぁ……」 　合わせた口から、変な声が零れてしまう。 　ルーシスはわざわざキスを中断して、俺の顔をじっくりと眺めた。 「ああ……クルト、そういう顔もするんだ。かわいい。その表情も好きだよ」 「お前……うるさい。もう少し、静かにしてくれ……」 　何回「かわいい」とか「好き」とか言うんだ。いい加減、呆れ返ってしまう。 　何度同じ言葉を口にしても、それが安っぽいものに聞こえないのは、１つ１つにルーシスがしっかりと感情を込めているからだった。声を聞くだけでも、こいつが真剣にそれを口にしていることがわかる。だから、余計にそんな言葉は聞きたくなかった。 　丹念にその場所をほぐされて、もういいだろって嫌になるくらい十分にぐしゃぐしゃにされてから。 　後孔に押し当てられる熱。指よりも熱くて、質量のあるもの。 　俺の顔を見つめて、ルーシスが静かにほほ笑む。 　見惚れそうになるくらいに、綺麗な笑顔だった。 「クルト、好きだよ。本当に……愛してる」 　真摯な告白に息を呑む。 　これからこいつと、交わらなきゃいけないなんて―― 　最悪だ。 　嫌悪感に寒気を覚えたのと、ルーシスが俺の中に入ってきたのは同時だった。