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第7話

 中を押し広げて、奥深くへと侵入してくる。その圧迫感に一瞬、呼吸が止まった。 「あっ……んん……は、……っ」 「はぁ……、狭いな……っ。クルト、大丈夫? 苦しくない?」  ルーシスがいちいち俺の方を気遣いながら、手を握ってくる。目尻に涙が浮かび、俺はその手に思い切り爪を立ててしまった。  ゆっくりと時間をかけて、挿入される。  すべてが納まった時には、俺の全身には汗が浮かんでいた。呼吸が荒くなる。目の前がかすんで、熱くて、惚けてしまう。  ぼやけた視界の中で、ルーシスがひどく優しげな顔で俺を見つめていた。 「クルトと1つになれて、幸せだよ。好き……本当に好きなんだ」 「頼むから……もう、口を閉じていてくれ」  俺は息を吐きながら、疲れた声で言う。  ルーシスはすぐには動かず、俺の様子を窺うようにゆったりと髪を撫でてくる。優しく、甘やかすような行為。髪をすかれる度にむずがゆくなる。その感覚にも慣れなかった。  中がなじむまで待ってから、ルーシスはゆっくりと腰を打ち付けて来た。 「んっ……」  内壁をえぐられると、全身をびりりと何かが巡る。腹の奥がぎゅっと切なくなった。動きに合わせて、俺の口からは不明瞭な声が漏れる。 「あっ……ん、ぁ、あぁ……っ」  徐々に突き上げられる動きが早くなっていくと、いろいろな感覚が体の奥で弾けた。気持ちいいのか、苦しいのか、熱いのか、わからない。  交わりながらも、ルーシスは何度も言う。愛の言葉を、惜しみなく俺に告げる。 「好き……好きだよ、クルト。愛してる」 「ぁ、……もう、うるさい…………っ」 「かわいい。すごく好き」  聞きたくない。  それなのに、何度も、何度も。  幻想の愛を押しつけてきて。無理やり俺の耳まで犯していく。  その度に、心臓が締め付けられるように痛んだ。少しずつ傷が付いて、剥がれて、壊れていく。  そして――とうとう決壊してしまった。 「うるさいうるさい! 黙れ! 言うな! それ以上、言うな……!」  悲鳴のように迸る声。  まずい、やめろ、そう思うのに、止まらない。  堰を切ったように両目から、涙が溢れ出してくる。 「頼むから、これ以上……そういうことを言わないでくれ……!」  馬鹿、言うな、と俺は自分に言い聞かせた。  その先を言ったらおしまいだ。  言うな、言うな、言うな――!  ここで言ったら、今までの努力がすべて水の泡になる。  それなのに、止まらない。  思いがあふれて、胸が苦しいくらいにつまって、全部、涙に変わって外へと流れていってしまう。 「お前が俺に優しくすればするほど……! 俺のことを好きだと言う度に、誤解しそうになる……! 俺は、勘違いしたくない! 浮かれたくなんてないんだ! だから……っ、もう何も言わないでくれ……!」  情けないほどに震えた声が、自分の唇から零れてしまった瞬間。  俺はすべて終わった、と思った。  本当は……大嫌いなんて、嘘なんだ……。  もうずっと前から、俺は――こいつのことが好きだった。  この誰にでも優しい男が、欲しくて仕方なかった。  初めて見た時から、その明るい雰囲気も笑顔も好ましいと思った。青空のような目に見つめられたいと思った。落ち着いて優し気な声で、名前を呼んでもらいたいと思った。いつも大勢の人間に囲まれているこいつが、自分だけを見てくれたらどんなにいいかと考えた。  ふとした時に何度もルーシスのことを思い出して、ギルドに訪れると、無意識のうちにルーシスの姿を探してしまうようになって。  ある日、俺は理解した。  ああ、俺はこいつに恋をしてしまったんだなと……。  同時に、心臓が締めつけられるように痛んだ。  好きで、振り向いてほしくて、でもそれが叶わないことを理解していたから、苦しかった。  ルーシスが天上に輝く太陽だと例えるなら、俺は地下深くの暗闇の中にいた。手を伸ばしても決して届くことはない。  見れば、苦しくなる。笑顔を向けられれば、泣きたくなる。だから、俺はルーシスを避けるようにした。  遠ざければつらい思いをしなくて済む。余計な期待を持たなくていいし、ルーシスが他の誰かと話している姿を見る度に、心臓が痛むこともなくなる。  こいつのことを好きなのだと自覚するよりは、「大嫌い」だと自分に言い聞かせた方がずっと楽だった。  だから、こいつとこんな状況で肌を重ねないといけないなんて、死んでも嫌だった。  こいつの「好き」は薬で無理やり植え付けられた感情で、紛い物でしかなくて。  俺の感情と1つになることなんて永遠にないというのに。  それなのに、信じてしまいそうになる。こいつの熱のこもった眼差しと、優しい声音に、騙されてしまいそうになる。  本当に両想いになれたのではないかと、そんな幻想を抱いてしまいそうになる。  そんな幻想を信じてしまったら、ルーシスが正気に戻った時につらくなるだけなのに。  だから、自分の感情に蓋をして、見ないようにしていたのに……。  どうして、踏みこんでくる。俺の心を暴いて、犯して、無遠慮に入り込んでくるんだ。  一度、さらけ出してしまったものは、もう隠せない。両の目が溶けてしまうのではないかと思うほどに、涙が溢れて止まらない。情けない顔で泣いているところを見られたくなくて、俺は両腕で自分の顔を覆った。  すると、その腕に温かい手が触れた。 「クルト……」  ルーシスの声が降ってくる。  ああ、何て優しくて甘い声なんだろう。  思わず、その声にすがりついてしまいそうになる。 「クルト……大丈夫だから。俺のことを信じて」 「うっ……でも……だって……っ」 「偽りなんかじゃない。俺は本当に、前からクルトのことが好きなんだよ」  脳髄にまで染み渡って、甘く溶けてしまいそうな言葉だった。  ルーシスがゆっくりと俺の腕を剥がす。まるで俺の心を開かせるように。  熱くなった指先が絡み合って、手を握られる。愛しげに細められた双眸が、俺をまっすぐに見つめている。 「――愛してる」  その後のことはあまり記憶にない。  熱に浮かされて、頭がくらくらするくらいに揺さぶられて。  気が付いたら、俺の中から剛直が抜かれていた。後孔から何かがとろりと垂れる。  どうやら終わったらしい。  行為が終わった後も、ルーシスは優しかった。俺を気遣って、髪を撫でて、涙をぬぐってくれて、額にキスを落とされる。俺の顔を見て、ルーシスは小さく笑う。 「ずいぶん泣いたね。泣き顔もかわいかったけど」 「…………うるさい」  俺はかすれた声を絞り出した。  全身が気だるい。それに泣きすぎたせいか、頭が重い。そんな俺の世話をルーシスがかいがいしく焼いてくれる。全身を拭いてくれて、体を気遣ってくれて。甘やかされすぎて、ふやけてしまいそうだった。  疲れもあったのだろう、ぼんやりとしているうちにその日はいつの間にか眠ってしまっていた。  目を覚ますと、ルーシスがいなくなっていた。  確か一緒に寝入ったはずだった。俺のことをずっと抱き締めていて、その体温がすごく心地よかった。  だから、今、1人きりでいるベッドの中は冷たさを感じてしまう。  俺はゆっくりと体を起こした。  脱ぎ捨ててあったローブを羽織って、リビングへと向かう。  家の中はしんと静まり返っていた。ルーシスの姿がどこにもない。  俺はテーブルの上の物に気付いた。  「チャームリリー」の特効薬。置きっぱなしだったのだ。  その中身が空になっていた。  ああ、アイツ、結局、これを飲んだのか……。  それで、すべてを忘れてしまったのだろう。  俺への恋心と一緒に。  呆然と立ちすくむ。手足が急速に冷えていくのがわかる。  一気に体から力が抜けていって、俺はその場にへたり込んでしまった。  頬が濡れていく。もう涙は出し尽くして、これ以上は出ないと思っていたのに。 「このっ……大嘘吐き野郎……ッ」  何が、『俺を信じて』だ。  何が、『愛している』だ。  所詮、あれは薬で見せられた夢の中の戯言だ。夢はいつかは覚めてしまう。  ルーシスに元に戻って欲しいと願ったのは俺だ。すべてを忘れて欲しいと言ったのも俺だ。  だから、ルーシスを責めることなんてできない。  この結果は、数時間前の俺が確かに望んだことだったんだから。

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