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第4話
翌々週の週末、堂嶋は藤本と他の何人かの女子所員と一緒に、藤本がチェックしていたと言っていたパティスリーにやって来ていた。鹿野目にも言ったが、元々はスイーツが好きだが、ひとりで店に入るのはちょっと気が引けると藤本に漏らしたところ、じゃあ一緒に行きましょうよと藤本が言ったのが、このケーキ会の切欠だった。その時、勿論堂嶋は咲と付き合っていたのだが、その咲はというとスイーツに余り興味のない女の子で、誘えばついてきてくれていたが、いまひとつ乗り気ではないことを、堂嶋は知っていたのだ。そう言えば、鹿野目にでさえ週末に他の女の子と出かけるのを少し嫌そうな顔をされたけれど、咲はというと藤本と面識が全くないにも拘らず、行ってきなよと笑うだけで何の心配もされなかった。広くて清々しく明るい店内、凝ったイスとテーブルに優しいBGMのパティスリーで、久しぶりに咲のことを思い出していた。
「堂嶋さん何にしますか、ここアップルパイがおすすめなんですって」
隣に座っていた藤本に不意に話しかけられて、堂嶋ははっとした。藤本は事務所では大体上下揃いのスーツを着て、疲れたような顔をして猫背でパソコンを叩いているが、休日に外で会えば、綺麗なブラウスも派手でないスカートもそれなりにさらりと着こなしており、いつも見る分より華やいだ化粧も、ちゃんと女の子なんだなと何度も堂嶋に新鮮に思わせた。割り切った口調とか、あっさりしている態度とか、そういうところが藤本のいいところで、付き合いやすいところだと思っているけれど、その藤本がちゃんと女の子で、堂嶋は何だかそう言うところを見つけるたびに、まるで親にでもなった気分で嬉しくなる。
「そうなんだ、じゃあ俺、それにしようかな」
「分かりました。私もそれで、あとドリンクはフレーバーティーで・・・―――」
てきぱきと皆の注文を纏めて、藤本はさらりと迷いない口調で店員にオーダーを通している。日程調整をしてくれたり店を決めたり、そういうことを苦ではなくやってくれる藤本にやっぱり甘えている気がして、堂嶋は少しだけ恥ずかしくなって、少しだけ情けなくなった。
「そうだ、西利。堂嶋さんに相談あるんでしょ」
オーダーを通し終わった藤本は今気づいたみたいに、自分の隣に座っていた西利のことを肘で突いた。そういえばそんなことを誘いに来た時に言っていたなと、堂嶋は考えながら西利のことを見やった。西利はやっぱり堂嶋の印象そのままで、小さくて色白でかわいらしい女の子で、西利がどんな格好で出勤しているのか、堂嶋はどうしてもやっぱり思い出すことが出来なかったけれど、その時はかわいらしい小花柄のワンピースを着ていて、本当に女の子とはまさにこれそのものみたいだと思った。他意はない。咲もそう言えば同じようなタイプだったけれど、堂嶋はどちらかと言えば多分、西利みたいなタイプの女の子のことは、好きなタイプであるという自覚があった。勿論、見た目の印象ということに限って言えば。
「あ、そうだったよね、西利ちゃん、俺に答えられそうなことだったら相談に乗るけど」
「・・・すいません、堂嶋さん、あの」
西利はその白い頬を器用にピンク色に染めて、俯いて膝の上で小花柄のワンピースをぎゅっと握った。堂嶋はそれを見ながら、仕事の事だったら西利の所属の班のリーダーである波多野にこっそり相談して、後のことは波多野にそのまま頼もうと密かに思っていた。それくらい、今は今している仕事以外のことは仕事にしたくなかった。週末にこんなことを、考えるだけでうんざりする。
「あの、鹿野くんの、ことなんですけど」
「ん?」
しかし、その時ピンク色に頬を染めて西利が言ったのは、堂嶋が全く推測していなかったことだった。隣でそのことを既に知っていたのか、藤本が短い溜め息を吐く。
「・・・鹿野くん?」
「堂嶋さん、鹿野くんって、彼女とかいるんでしょうか?」
「え、カノジョ?」
目が点になる堂嶋に畳み掛けるように、西利は必死な形相で言う。その顔を見る限り、彼女は冗談を言っているわけではなさそうである。何故彼女がこんなことを言い出しているのか、幾ら堂嶋が鈍く出来ていたからと言って、分からないわけではなかった。ちらりと助けを求めるつもりで藤本を見ると、藤本は呆れたみたいな顔をして、いつの間にか運ばれてきたピーチティーを飲んでいた。
「いや、ね。私も鹿野は意味わかんないから止めとけって言ってるんですけどね」
「ひどい、志麻さん、鹿野くんは意味わかんなくないです、優しいです」
「いや、意味わかんないじゃん。何考えてるか分かんないし、いかつい髪形してるし、いつもなんか睨んでるみたいな目してるし」
「・・・確かに」
「堂嶋さん?」
思わず藤本の見解に同意してしまって、堂嶋は慌てた。
「いや、ごめん。俺、鹿野くんの彼女の話は・・・その、聞いたことないけど」
別の話なら知っているけれどと、と思いながら、頬を染める西利相手にそれをまさか吐露するわけにはいかなくて、純情な恋心を弄ぶようで悪いと思ったが、逃げ道はこれしかなかった。藤本はそれにまた溜め息を吐いて、ついっと西利のことを見やる。
「ほら、私も堂嶋さんは知らないと思うって言ったじゃん」
「でも、聞いたことないってことは、いないかもしれないってことですよね」
「まぁ・・・うーん、そうだよね・・・」
「じゃあ、私にもチャンスありますよね」
ガッツポーズで何かやる気を見せる西利に対して、堂嶋は罪悪感がじわじわ広がっていくのを止められなかった。鹿野目は多分、今堂嶋と付き合っているということをおそらく踏まえても踏まえなくても、西利と付き合うことはないだろう。それはもう鹿野目がゲイだからという理由だけで、この話は終わってしまう話なのだ。それ以上突き詰めようがない。西利には悪いのだが。
「いや、止めといたほうが良いと思うって。鹿野はわけわかんないし。他にいいひといるでしょ、西利なら」
「ワケ分かんなくないです。堂嶋さん聞いてください。鹿野くんは私がコピー機の使い方分かんなかったら教えてくれたり高いところのものとか取ってくれたり残業手伝ってくれたりしてくれたんです、優しいですよね?」
「鹿野って、西利と同期なんです。鹿野が異動する前、波多野さんの班で一緒だった時、なんかふたりで一緒にすることが多かったみたいでこんな勘違いを」
「勘違いじゃないです、ひどいです、志麻さん」
西利と鹿野目が同期であることも、その時藤本に言われるまで、堂嶋は知らなかった。相変わらず、自分は視野が狭い。鹿野目が自分の班に来る前、波多野のところにいたことは何となく柴田にも言われたから覚えていたが、勿論鹿野目がそこでどんな風に仕事をしていたのか、堂嶋は知らなかった。だけど多分、それは佐竹みたいな下心がなくて、本当にただの親切というか、もしかしたら西利がやるより自分がやったほうが早いからとか、そんなただ単純な理由なのだろうことは、堂嶋には簡単に推測できた。鹿野目はそういうところは単純にできているから分かりやすい。一生懸命鹿野目のいいところをプレゼンする西利には非常に申し訳ないと思いながら、そういうことがしっかり決まるのも、女の子の胸をこんな風に不用意にときめかせてしまうのも、佐竹みたいな下心が逆にないせいだろうなと、堂嶋はその時非常に冷静に鹿野目のことを分析していた。
「どう思います?堂嶋さん、鹿野は止めといたほうが良いですよね?」
「そんなことないですよね、鹿野くんは優しいと思います」
「う、うーん・・・」
しかしそんな答えようのないことを聞かれても、堂嶋はただ困惑するだけだ。
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