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第6話

その日、ケーキ会を解散して鹿野目の待つマンションまで帰ってきたのが、丁度夕飯前だった。帰る前に鹿野目にメールをすると、まだ夕食の準備はしていないということだったから、堂嶋は夕食のために焼いてすぐに食べられそうな肉を買って帰った。堂嶋が部屋まで辿り着くと、まるで待ち構えていたみたいに、鹿野目が扉を開けてくれて、彼はずっと犬みたいに玄関で堂嶋をそうして待っていたのではないだろうかと、堂嶋は頭の悪い妄想にその時支配されていた。鹿野目はそんな堂嶋の頭の中のことなんてお構いなしに、堂嶋の腕を引っ張って部屋の中に、それはもうほとんど引き摺り込むようにした。例えそうして待っていなくたって、堂嶋がそろそろ帰ってくることを彼はメールで察知して、玄関先で待っていたのが例え数分だったとしても、そんなこととは無関係に堂嶋はその手を振り解けなかった。振り解けそうもなかった。 「おかえりなさい、悟さん」 「ただいま、鹿野くん、お肉買って来たよ」 「ありがとうございます」 そうして挨拶みたいな気軽さで、鹿野目は堂嶋を引き寄せて、その唇に軽くキスを落とした。堂嶋が固まっているとその手からスーパーの袋をさらりと取り上げ、中身を確認しながら、自分の城に閉じ込めた堂嶋をその両手で捕まえておかなくても安心したみたいに、やっと堂嶋から離れて、リビングに続く廊下を歩きだした。堂嶋はその後頭部を見ながら、小さく溜め息を吐いた。 「ケーキ会楽しかったですか」 鹿野目はそのままそれを持ってキッチンに入っていき、ラップを外し発泡スチロールのトレイに乗っているお肉を持ち上げて、ふとそう質問したが、まるでそれは義務みたいな質問で、本当にそれが知りたいわけではないのだろうと、堂嶋は考えながらコートを脱いで、ソファーの上にぞんざいに放った。ここにこうして置いておけば、いずれそれは鹿野目に拾われて、ハンガーにかけられるだろうことを、堂嶋は知っている。考えながら自分でハンガーにかける選択肢が最早自分の中にないことに堂嶋は驚いていた。 「・・・うん、まあ、楽しかったよ」 「そうですか、よかったです」 その鹿野目の投げやりな言い方では、何が良かったのか分からない。その間自分はこの部屋で、ひとりで待っていたのに、何が良かったのか全く分からない。考えながら堂嶋は、それを鹿野目相手に明らかにはしない。手際よく肉を焼いていく鹿野目のことを、堂嶋はソファーに座って少し遠くから眺めていた。鹿野目の外見というものを、堂嶋はそうしてあまりじっくりと眺めたことはなかったけれど、その時なんでもないふりをして、堂嶋は鹿野目を観察していた。鹿野目は堂嶋が喉から手が出るほど欲しかった高い身長をしているし、ランニングしている成果なのか、生意気に贅肉のひとつもついていない。切れ長の目は睨みつけられているみたいで怖い印象を与えがちだけれど、それがデフォルトなのだと分かったら、さして気にならない。どうして鹿野目が社会人の癖に、アッシュグレイの髪色をして、更に堂嶋には難解なツーブロックなんていう髪形をしているのか分からないが、最早その辺りについては慣れでしかない。見慣れればどうということはない。 (うーん、まぁ、めちゃくちゃかっこいいわけじゃないんだろうけど、なんというか、鹿野くんは、清潔だし、それになんかすごく、男の子って感じがする) 小さいことがコンプレックスの堂嶋は、そうやって自分のことを棚に上げて考えた。きっと今まで沢山男の子に言い寄られて来ただろう西利が、あんな風に頬をピンク色に染める理由が、鹿野目の中にあるとは考え辛かったけれど、堂嶋はというと鹿野目の外見的な魅力が少しは分かるような気がしたし、その見た目の与える印象に比して、西利が言うように下心がない上での優しさが、いわゆるギャップとして良い風に捉えられたりしているのだろう。藤本は終始首を傾げていたけれど。 「悟さん」 「え、あ」 急に鹿野目に呼ばれて、堂嶋ははっとして返事のようなものをした。鹿野目は肉が焼けたのか、白い平たいお皿をふたつ持って、キッチンから出てきてそれをダイニングテーブルの上に置いた。それを買った時は自分が焼けばいいやと思っていたのに、いつの間にか鹿野目が全部し終わっていたことに、堂嶋は少しだけ焦ったけれど、もうどうしようもなかった。 「何かあったんですか」 「え、何かって?なに」 「・・・なんかじろじろ見てる気がするから」 鹿野目は少しだけ目を伏せて、本当に堂嶋の真意が読めないみたいに、そう小さく呟いた。堂嶋はソファーから立ち上がって、ダイニングテーブルまでやってきた。鹿野目はひらりとまたキッチンに戻ってしまう。付け合せでも用意するつもりなのか、考えながら堂嶋は何もしないで椅子に座る。 「鹿野くんさ、実は結構女の子にモテるほう?」 「・・・何ですかその質問」 切れ長の目をぱちくりさせて鹿野目は、今度もやはり堂嶋の考えていることが分からないという顔をした。流石に突拍子もないことは分かっていたけれど、この経緯を説明しようと思うと、どうしても西利のことを話さなければいけない、それを話すことは堂嶋には出来なかった。堂嶋だって自分なりにデリカシーというものを備え持っているつもりだったから、西利のそれをまさか鹿野目相手に話すつもりはなかったけれど、別れ際に西利に鹿野くんには言わないでくださいねと念を押されたことも勿論理由にはなった。 「いや、まぁ、今までさぁ、沢山告白されたりしたことがあるのかなぁと思って・・・」 「・・・何でそんなこと聞くんですか」 その頃になると鹿野目の声には、少し呆れが混ざっているような気がした。今まで西利みたいな女の子がきっと、鹿野目の周りにはいたはずだと堂嶋は思った。彼は多分変わらないし、女でも男でも困っていたら助けるくらいの親切心は持ち合わせているはずだった、人並みに。 「別にそんな多くないです。それに俺、女性は恋愛対象外なので」 「・・・そうだよねぇ・・・」 当然、答えはそうに決まっていた。それに表面的に相槌を打ちながら、堂嶋は西利のピンク色の頬を思い出しながら、やはり自分がしたことは、たとえ黙っているだけのことだからと言っても、酷い仕打ちだったのではないだろうかと思って、真剣な目をする西利を思い出しながら、とても申し訳ない気持ちになった。だからと言って本当のことを言う事なんて、とても堂嶋には出来そうにもないのだが。 「それに今は悟さんがいるから」 ふっと独り言みたいに鹿野目が呟いて、堂嶋は西利のことを考えながら顔を上げた。キッチンにいた鹿野目はじっと堂嶋のことを見ていた。目が合う。すると鹿野目はすたすたとダイニングテーブルに既にスタンバイしている堂嶋に近づいてきて、そしてそのまま前触れもなくキスをした。 「男でも女でも他の人はどうでもいい」 「・・・―――」 そんなことを酷い真剣な眼差しで呟く鹿野目を見ながら、堂嶋は耳がとても熱くて熱くて仕方がなかった。鹿野目の肩を押し返すみたいにして座ったまま動けない堂嶋が距離を取ろうとすると、鹿野目はその時自棄に素直に堂嶋のそれに従って、二三歩足を後退させた。堂嶋は熱くなった顔を隠すみたいに不自然に床を向いて、鹿野目の方にそれ以上近づくなの意味を込めて出した手をそのままに、何か言わなければいけないと思ったけれど、その時ふさわしい言葉は一体なんだったのだろう。

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