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第14話

カフェで向かい合って座る鹿野目と西利は、遠目から見ると普通のカップルに見えるから不思議だった。堂嶋の想像通り、西利は上品な色のワンピースを着て、今日も今日とて女の子の見本みたいだった。それを隠れるようにして三人で遠巻きに見ているこの状況は一体何なのだろうと、堂嶋は自分の事ながら少しうんざりしてきた。オレンジジュースをストローで吸いながら、ちらりと亜子を見ると、亜子は店内なのにサングラスをかけたままで、注文したグレープフルーツジュースのストローを、さっきからずっと苛々しているみたいに奥歯で噛んでいる。吸ってはいないのか、その中身は全く減っていない。 「クソ女、いい年こいてあんな派手なワンピース着てるなんてビッチに違いないわ」 「・・・亜子ちゃんちょっとお行儀悪いデスヨ・・・」 「西利都ちゃん、ね。かわいいーじゃないですか、おっぱいもおっきいし」 「君は何を見てるんだ」 堂嶋が声を押さえながら言うと、牧瀬は全く懲りていないような顔をしてへらへらと笑った。亜子のサングラスは変装のつもりなのかもしれないが、逆に目立っているような気がするし、牧瀬は変装らしい変装はしておらず、堂嶋も変装なんてする頭がそもそもなかったから、そのままで出てきてしまったから、もしこの状況を万が一にでも鹿野目に見つかりでもしたら、どちらにしても言い訳を考えなければいけない。多分、本当のことはとても言えそうになかった。堂嶋はそこまで考えて、また溜め息を吐いた。本当ならば、今日は昼までベッドでごろごろするつもりだったのに、どうしてこんなことになっているのだろう。 「いやー、でもこの子、調べたら意外と経歴すごいんすよ、お兄さんも聞きます?」 「え、調べ・・・君は西利ちゃんのことも調べたのか!?」 「えぇ、昨日亜子に頼まれたんで。まぁ昨日調べただけなんであっさい情報ですけど」 「そういや亜子ちゃん準備するって言ってたな・・・」 亜子に確認をするつもりで、堂島がちらりと亜子の方を見ると、堂島と牧瀬の会話が聞こえていないわけがないのに、亜子はそこでやっぱりストローを噛んだまま、親の仇でも見るような目つきで、西利のことを見ていた。牧瀬はというと、何故か嬉々とした表情で、鞄の中からレポート用紙みたいなものを出して、それをまだ堂島は了承していないのに勝手にぺらりと捲っている。 「西利都、27歳、身長157cm、体重は非公開、多分45キロくらいでしょ。んでスリーサイズが・・・」 「スリーサイズとかいいから!そういうのはいい!」 「お兄さん静かにしてください、ばれますよ」 怪訝な顔をして牧瀬に言われて、何故自分の方が非常識みたいな扱いを受けているのだろうと、堂嶋は思いながら仕方なく口を結んだ。 「成城の建築デザイン学科で、2年の時にミスコンでてるんですよ。結果は準優勝だったみたいですけど。前からモテてはいたみたいですけど、これを期にかなりモテはじめますね、男を頻繁に変えてます」 「ほら見なさいよ、ビッチじゃないのよ・・・!」 「亜子ちゃん落ち着いて・・・昔の話だろ・・・?」 怒りにまかせてガラスのコップに爪を立てる亜子は、声こそ押さえているものの、今すぐ立ち上がって鹿野目と西利に向かって突進していきそうな勢いだった。亜子はずっと鹿野目と西利のことを見ているくせに、耳だけはこちらに傾けて、しっかり牧瀬の報告を聞いているようだった。堂嶋はそれをハラハラしながら見守っているのに、調査報告を読み上げる牧瀬は、全く気にした風ではない。 「卒業後は今の事務所に入社。大学の時最後に付き合っていた男とは入社してからすぐに別れてますね、それからは仕事を真面目にやっていて遊ぶ時間が無くなったのか、現在まで珍しくフリー。旬とは同期なんで、入社の時から知ってはいたみたいなんですが、気になりはじめたのは最近、旬がお兄さんの班に移ってからですね、何か隣にいないと寂しいって言う事を思うようになったと、これは友人の証言ですが」 「・・・友人の証言って何・・・?」 「まぁ、こんな感じで。男関係メインで調べてみました」 にこにこして牧瀬が満足げに言うので、堂嶋はそれ以上何も言えなくなってしまった。何と言ったらいいのか、最早分からなかった。西利もきっと自分と同じように、こんな風に経歴を掘り返されているとは思わないだろう、それも見ず知らずの男に。 「君は探偵か何かなのか・・・?」 「いや、そんな違いますよ、知り合いが多いんで、当たっているうちに知っている子に巡り合うんです。世の中って意外と狭いんすよ」 「・・・はぁ」 そうして、尤もらしいことを牧瀬は言う。堂嶋が呆れながら溜め息を吐くと、牧瀬は懲りていない顔で、変わらずににこにこと笑っている。一見すると人当たりが良くて、愛想が良くて、悪い人間ではなさそうなのだが、その笑顔の奥が読めなくて、にわかにゾッとする。 「確かに男遍歴は派手ですけどね、でもまぁ二股とか浮気とか、そう言う事は一切しない子なんで基本的には真面目なんだと思いますよ」 「そうだよ、西利ちゃんフツーに良い子だよ・・・まぁ、俺、あんまり喋ったことないけど」 この間のケーキ会に藤本に連れられて西利が来た時に、はじめてまともらしい会話をした。それまでは同じ事務所にいて、冷たいことだと自分でも思うけれど、西利の存在のことは勿論知っていたが、その人となりを想像することなんてしたことがなかった。堂島には今までその必要がなかったからだ。その西利のプライベートな情報を、はじめましての男から聞くことになるとも、勿論思っていなかった。考えながら堂嶋は、さっきまでの剣幕が嘘みたいに黙ったままの亜子をちらりと見やった。 「昴流、アンタどっちの味方なのよ」 そんなにじっと変装の意味がなくなるくらいあからさまに見ていたら、流石の鹿野目も気付くのではないかと思うくらい、鹿野目のことを、そしてその正面に座る西利のことを見ていた亜子が、ふと思い出したみたいにくるりと首を回して、にこにこと愛想よく笑っている牧瀬のことを睨むように見た。牧瀬はそれに肩を竦めるみたいな仕草をして、ホットコーヒーを飲んだ。 「俺は勿論、亜子の味方だよ。おっぱいも小さくても亜子の方がす・・・―――」 「うるさい死ね」 机の下で思い切り牧瀬の足を尖ったパンプスのヒールで踏みつけたのが、隣にいた堂嶋にはよく分かった。牧瀬はにこにこ顔を流石に歪めて机に突っ伏すと、音もなくただ痛がっている。亜子はまだ怒りがおさまらないらしく、その牧瀬に向かって小さく舌打ちをした。 「・・・亜子ちゃん・・・」 「ちょっとトイレ行ってくる。堂嶋さん、お兄ちゃんのことちゃんと見張っててね」 「・・・見張るって・・・うん、まぁ、行っておいで」 亜子は持っていたグレープフルーツジュースをテーブルの上にやや乱暴に置くと、まだ痛がっている牧瀬をちらりと見てから、鞄を持つとスカートを翻して店の奥に消えて行った。 「照れちゃってもう、かわいいなぁ」 「・・・君ら一体なんなんだ」 額に脂汗を浮かべながら、若干引き攣った顔をしてそれでも笑う牧瀬に向かって、堂嶋は正直な感想を述べて、またひとつ溜め息を吐いた。

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