27 / 34

第27話

ホームパーティでもしようと言うと、鹿野目は首を傾げた。鹿野目と西利のデートを尾行した日から、しばらく経っていたが、度々顔を見せにやってきていた亜子が、ぱったりと家に来なくなったことを、堂嶋はひとりで気にしていた。鹿野目には時々それこそ生存確認みたいに電話がかかってくるようだったが、それも最近素っ気なくすぐ切れているようだと、それを隣で聞いている堂嶋は思う。きっと亜子のことだから、あの日のことを未だに気にしていて、それがここから足を遠ざけさせているのだとしたら、その必要はないのだと言ってやらねばならなかったけれど、そのまま直球で言えばかわされるに決まっていた。だからホームパーティをするからという理由をつけて、招待でもしようと堂嶋は考えたのだった。 「あ、いらっしゃい」 「お邪魔しますー」 扉を開けると、デフォルトのにこにこ顔の牧瀬の後ろに、不機嫌そうな顔をして亜子が立っていた。亜子も一人で来にくいだろうと思って、牧瀬も連れておいでと言ったのは堂嶋だったが、亜子はそれを嫌そうに聞いていたが、その日ちゃんと牧瀬もいたことに、堂嶋はひとりでほっとする。鹿野目のデートを尾行した日から、今日まで亜子には会っていないが、彼女も彼女で思うところがあるのだろう、複雑な感情がその表情から滲み出ている。こういう亜子に遭遇するたびに、堂嶋は彼女の生き辛さとはどんなものかと考えてしまう。それは率直な兄とはまた全く別のベクトルで、彼女のことを苦しめているのだ。この分では牧瀬とはもう仲直りをしたようだったが、考えながら堂嶋は牧瀬がお土産と言ってくれたワインの入っている紙袋を受け取った。牧瀬ははじめて来る割には、よく知っている場所みたいに、玄関で靴を脱ぐと亜子を置いてさっさと部屋の中に入ってしまう。残された亜子はバツが悪そうに、堂嶋の顔色をそっと窺っている。 「亜子ちゃんもどうぞ」 「・・・堂島さん」 「ん、なにー?」 何でもないことのようににこにこ笑って首を傾げると、亜子はやっとほっとしたみたいに高いヒールのパンプスを脱いだ。部屋に戻ると、鹿野目と牧瀬はテーブルの上に頼んだピザを並べているところだった。邪魔にならないようにワインの紙袋を側に置く。堂嶋は鹿野目と牧瀬が一緒にいるところを初めて見たけれど、ふたりの性格は全然違うようだったが、そうしているとちゃんと友達みたいで、堂嶋はひとりでほっとしていた。鹿野目がふっと堂嶋が帰ってきたこと目ざとく見つけて顔を上げる。 「昴流、お前、さとりさんに挨拶したのか」 「したわ、お邪魔しますって」 「そうじゃなくて」 ピザを一切れ取って勝手に食べはじめた牧瀬を見ながら、鹿野目は小さく溜め息を吐いて、それから堂嶋にふっと向き直った。 「さとりさん、こいつ俺の幼馴染です。牧瀬昴流っていって、今は美容師です」 「え、牧瀬くん美容師だったの?」 「まぁ、俺オーナーなんで、あんまりハサミ持たないんですけどね。あ、旬の頭も俺の試作品です」 「え!鹿野くんのこれ、そうなの!?」 「これってなんですか。かっこいいでしょうが」 「か、っこいいけど、社会人なんだからこれちょっと・・・まぁ、真中さんもなんかよく分かんないけど鹿野くんの髪型褒めてたけど・・・」 そういえば、鹿野目がそんな奇抜な髪形をしていることについては、ずっと不思議だったけれど、何か拘りがあってしているのなら、傷つくかもしれないと思って今まで尋ねたことはなかった。余り鹿野目はそういうことに頓着がなさそうなのに、髪型だけそんな風に凝っていて変だなと思っていたのだが。しかし、へらへら笑っている牧瀬を見ていると、何となくその奇抜さにも納得がいくような気がした。試作品ということは、客に試す前に鹿野目で練習しているということなのだろうか、オーナーだからハサミを持たないというのも引っかかる発言ではあるが。そういえば、前にデートを尾行した時、牧瀬は品のいい国産車に乗っていた。もしかして結構お金持ちなのではないかとそこまで推測を巡らせて、堂嶋はひとつ溜め息を吐いた。なんとなく牧瀬から流れるいつも余裕のある雰囲気も、彼の抱えるバックグラウンドがそうさせているのかもしれない。 「よかったらお兄さんも切ってあげますよ。お兄さん癖毛だから朝とか大変そうだし」 「え、ほんと?確かに大変なんだよねぇ・・・」 「あ、ちょっと触っていいすか」 牧瀬がいつもの笑顔でそう言って堂嶋に手を伸ばすと、それが堂嶋の頭に触れる前に、鹿野目がその手をべちんと叩いた。 「やめろ」 「なんだよ、旬。男のやきもちはみっともないぞ」 「というか、昴流、お前さとりさんに会うの初めてじゃないのか」 「え、あ」 それに何故か堂嶋のほうが声を上げて、くるりと鹿野目は堂嶋のほうを向く。鹿野目の背中越しに、牧瀬はにやにやしながらふざけてお手上げのポーズをとっている。 「偶然会ったことがあるのよ、お兄ちゃん」 「え?」 その時、ふと今まで黙ってひとりソファーに座っていた亜子が口を割って、堂嶋はそちらに視線を向ける。すると牧瀬がひらりと動いて亜子の隣にぼすっと座った。そして肩を抱くようにして自分のほうに引き寄せる。そんなことをしてはまた亜子が怒るのでは、と堂嶋は冷や冷やしたが、亜子は不機嫌そうな顔をしただけで、牧瀬の腕を振り払う様子はなかった。 「そうそう、俺と亜子がデートしてる時に、ぐうぜん、ね」 「・・・ぐうぜん」 「そうなんですか、さとりさん」 「あー、そうだったかな」 あははと笑って誤魔化すと、鹿野目は納得いっていない顔をして首を傾げた。西利のことは丸く収まった後だったが、デートを尾行していたことは、そう言えばまだ秘密のままだった。 「昴流、亜子とデートしたりしてるんだな。本当に付き合ってるのか」 「なんだ、旬。お前も一丁前に兄貴らしく心配とかしてるんだな、なんか嬉しいよ、俺は!」 「なんでお前が喜んでるのか俺にはさっぱり分からない。昔からお前、亜子には鬼のように嫌われてたけど、どういう風の吹き回しなんだと思って・・・」 「はは、嫌われてただって、違うよなー?本当は俺に事が好きなくせに、亜子はシャイだから本当のことは言えないだけなんだよなー、俺は分かってるぞ!」 「うるさい・・・」   二人の間で頭を抱えて青白い顔をして、亜子がこの世の終わりみたいに呟くので、堂嶋はそれを見ているとだんだん亜子が不憫に思えてきてしまう。そうしてこんな風に冗談の間に本当のことを織り交ぜながら、三人で不思議な会話をしながら生きてきたのだろうかと、ぼんやり思った。亜子の前で鹿野目の不思議なコミュニケーションが息を潜めるみたいに、それは牧瀬の前でも同じに見えた。一度友達のことを尋ねた時、鹿野目はいないと言い切っていたけれど、ちゃんと牧瀬がいるではないかと堂嶋は、牧瀬が持ってきたワインを飲みながら、青い顔をする亜子には申し訳ないがひとりで安心するみたいに思った。

ともだちにシェアしよう!