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第4話 レイの出会い
セツナとの出会いは俺が18歳ぐらいの頃。
ある男から、赤い目のガキを2人連れてこいと依頼されていた。
だが任務は失敗。
ガキの1人は死んだと思っていた。
俺にとっては初めての失敗で、何処か心に残った仕事になっていた。
半年後、俺の所に1人の女が駆け込んできた。
身なりはボロボロ、裸足で肌も汚れている。
「あなた、殺し屋でしょ!?」
息も絶え絶え放った女の言葉に、小さく頷いた。恐らく良く無い事だ。俺に会いに来るやつは何か問題を抱えている。
「私を攫った男達を殺して欲しいの!」
初めて会った女は膝をついて祈るように手を合わせた。
かなり切羽詰まっているように感じる。
言葉も荒く、早い。
「金はあるのか?」
俺は慈善事業で殺してるんじゃない。正当な報酬をもらって殺しを行う。
いくら切羽詰まっていようと、タダで請け負うわけにはいかなかった。
アンダーグラウンドで困っている人間は多い。全てを救う事はできない。
「無いわ。でもなんでもする。生涯あなたのために働くわ!命を賭けてもいい!お願い!」
涙を流しながらそう答える。
「いや、お前の命は要らない。忠誠もいらない。何も無いなら帰ってくれ。」
そう言って背中を向けた。
「ずっと泣き叫んでる子がいるの...。黒髪で赤い目の10歳にもならないくらいの子よ....そんな子がずっと虐げられているのよ....その子の声が響くたびにおかしくなりそうなのよ...助けてあげて、貴方しかいないの。」
レイの遠ざかる歩みはぴたりと止まる。
「赤い目の、男の子、間違いないな?」
後ろを向いたまま確認を取る。
「間違いないわ!赤い目の子なんて彼しか見たことないもの!」
その言葉を聞いて確信した。
あの時の子供が生きている。
だが既に当時の契約は終了している。
その子供を助ける義理はない。
それでもて俺の心にはやり残した仕事がこびり付いていた。
このモヤモヤを解消させたい。それだけだった。
「わかった。その依頼受けよう。但し、忠誠が依頼料だ。いいな?」
女はこくこくと頷くと、「ありがとう、ありがとう..。」と泣き崩れた。
「仮部屋があるからそこで大人しくしてろ。女がここで1人は危険すぎる。」
そう言って部屋へ案内すると拳銃を一丁渡した。
「何かあったらそれで身を守れ。いいな。」
女は恐る恐る拳銃を受け取ると、内側から部屋の鍵を閉めた。
女から聞いた建物へはそう遠くはなかった。
近づくと、子供の叫び声がその建物の中から聞こえる。
こんなに悲痛な声が響こうと、誰も干渉しない。
ここではそれが自己防衛の手段なのだ。
静かに部屋へつながる外階段を登るとわずかな建て付けの隙間から中を覗き見る。
3人ほどの裸の男達が1人の子供を囲んでいる。
子供の声はもう聞こえない。
じっと様子を伺っていると、鞭のような物でピシャリと子供を打ちつける。
鞭打たれる子供がピクリとも動かないのを見て、腸が煮え沸った。
気づいた時には、ドアを開け足を踏み入れていた。
「誰だ!」と声を上げる男の脳天に弾を打ち込んでいく。
パンッーと乾いた銃声一つで男が倒れる。
続いてパンッパンッーと2発。
声もあげずに倒れていく男たちを横目に最後の1人の男の腹を足で抑えると頭に銃を突き付けた。
「この子供どこで拾った。」
静かに問いかける。
今すぐ殺してやりたいという怒りを抑える。
銃の引き金にかけた指が感情の昂りで震えた。
黙り込む男の太ももにパンッパンッーと2発打ち込むと片手で首を掴んで頭に銃口を強く捻じ当て脅す。
「うぐぁーッ....!!」と唸りをあげながらも掴まれた喉が声をくぐもらせる。
「聞こえないのか....?」
引き金を引き切る直前まで指を押し込む。
首を締め上げると真っ赤になった顔で男が答えた。
「半年前のっ....火事の現場でッ.....!それ以外はしらねぇ!!」
「そうか。わかった。」言い終わるや否や脳天に1発打ち込む。
男は苦しそうな顔のまま絶命し、グシャリと地面に落ちる。
パンパンパンパンッー
と最後に心臓に弾を撃ち込むと、ハッと我に戻り倒れた子供の元へ駆け寄った。
子供の身体は無数のミミズ腫れと傷跡でいっぱいだった。
床にも細かく飛び散った血飛沫がみえる。
一体どれだけこの子に手を挙げたのか。
考えただけでも殺すだけじゃ飽き足りない。
奥歯を噛み締め、怒りを飲み込むと子供を抱え上げる。
脱いだ上着で子供の裸の身体を包むと、全力で走った。
「じーさん!」
バタンとドアを勢いよく開けると、中にいたおじいさんが飛び上がる。
「ひえーっ!なんじゃぁ!レイか!!」
冷や汗を拭きながら近づいてきたお爺さんは、アンダーグラウンドの診療所の六郎爺さんだ。
地上の病院に診せれない、刀傷や銃の跡を治療するために、俺が昔から世話になってる医者だった。
爺さんは俺の腕の中の子供に気付くと深妙な面持ちに変わる。
「患者じゃな。そこの診察台に寝かせなさい。」
そう落ち着いた声で言い放つと、聴診器を掛け、手際良く手袋をつけ診察台へと駆け寄った。
「こ...こりゃひどい....。傷のせいで熱が出ておる。傷の治療はそんなに難しくないが、熱がひどい。入院した方がいいじゃろう。」
消毒のために体を拭きあげる。
傷に染みるたびに、苦しそうに眉を顰める姿が痛々しい。
その度に不思議と怒りが湧き上がる。
見ず知らずの、子供なのに。
俺が拳を握り締めていると何かに気づいた爺さんが「レイ。」と落ち着いた声で語りかける。
「しばらくこの子はわしが介抱しよう。」
その言葉を聞いてホッとした。
自分じゃどうにもしてやれない。
それもまた悔しさとして募っていく。
「あぁ、任せた。いくらか置いていく。治療代だ、受け取ってくれ。」
札束を丸めてテーブルに置いた。
どれくらい入院するか分からない。
だが信頼できる医者に任せられた。と気が緩んだ頃に置いてきた女のことが心配になってくる。
「俺は用があるからもう出る。明日からしばらく仕事はないから、何かあったら電話してくれ。」
「わかった。気をつけるんじゃぞ!」
そうかけられた声が遠のいていく。
何があるかわからないこのアンダーグラウンドで女が1人なのはことさら危険だ。
帰りを急ぐ。
到着し、仮部屋に戻り扉をノックする。
「レイだ。今戻った。開けてくれ。」
少し息を整えて告げる。
すると、すりガラスに人影が近づいてくるとガチャリと扉が開く。
「レイ...さん...。あの子は...。」
暗い面持ちで問いかける。俺の服に血が飛び散っているから、あまり良い想像が出来なかったのだろう。
この血はほとんど汚れた奴らの血だ。
「怪我はしているが無事だ。信頼できる医者に預けてきた。」
「よ、、よかった....!!」
女は膝からがくりと崩れ落ちる。
「ご、ごめんなさい!安心したら腰が抜けちゃって....。」
しゃがみ込んだまま慌てる女を抱え上げる。
こんな危ない場所で立ち話は危険だ。
困惑しているのが伝わってくるがそうも言ってられない。
俺はもう武器を少し消耗している。
足早に家へとつながるエレベーターへ乗り込む。
「あ、あの!?レイさん!?」
「こんなとこに置いてくわけにも行かないだろう。危険だから今日は泊まっていけ。」
女は抱えられたままは恥ずかしいが、少し嬉しい気持ちもあった。
男性に優しくされたことがない彼女にとっては、レイは無愛想だがとてもかっこよく見えた。
長い時間登っていたエレベーターが到着すると、レイの指紋で扉が開く。
開いた扉の先のあまりにも綺麗な家に女は驚きを隠せなかった。
レイは靴を片足で押さえて脱ぎ捨てると、抱えたままの女を風呂場へと運んだ。
「汚れを落とせ。着替えとタオルは脱衣所に用意しておく。冷蔵庫にはある程度なんでも入ってる。好きに寛いでくれ。」
ゆっくりと降ろすと、必要な情報だけを簡潔に告げる。
そしてすぐに有無を言わさず扉をぴしゃりと閉めた。
とっても、淡白な人だわ...。
ぼろぼろの服を脱ぐと、一張羅だけどゴミ箱に捨てた。
もう思い出したくも無い記憶を捨てたかった。
明るいライトで照らされる脱衣所で自分の身体に無数あるアザが目立つ。
浴室へ入ると、透明なガラスで仕切られたシャワー室の横に丸いバスタブが一つあった。
初めての綺麗なお風呂にワクワクしながら周りを見渡した。
バスタブの横には大きな窓と小さな窓があり、大きな窓はカーテンが閉まっていたが小さな窓から外を覗く。
すると、青い闇の中に無数に輝く光が縦横無尽に走り抜けていた。
大きな丸い月がうっすらと世界を照らす。
月の周りにはキラキラと星も輝いている。
あまりの地上の美しさと、安堵で涙がこぼれ落ちる。
「私は、こんなに綺麗な世界を知らなかったんだ...。」
うわーーーーん!と積もり積もった感情が溢れ、大人気なく声を上げ泣いていると、脱衣所から声がしたい。
「ど、どうした?大丈夫か?洗えるか?傷でもあるのか?」
あの仏頂面のレイの戸惑う声を聞いた。
心配する優しい声だ。初めて人間味を感じた気がした。
「大丈夫!ごめんなさい。あまりにも外が綺麗で。」
そう答えると「そうか。」とまた優しい声だけが返ってくる。
シャワーを浴びると、ゴワゴワとした髪をレイのトリートメントがするりと馴染ませる。
身体中の汚れが排水溝に流れていく。
自分の汚い過去も流れていくようなそんな気がした。
私はこれから違う人生を歩むんだ。
そう思うとなんだかワクワクしていた。
脱衣所へ移ると、大きなシャツと男性の使うハーフパンツが置かれていた。
服を身につけるとタオルで髪を拭きながら部屋を出る。
服からは優しい洗剤の匂いがした。
「お風呂ありがとう。」
「いや、いいんだ。それよりすまない。貸せる服はそれしかなくて。」
視線も合わせずにキッチンで何か準備をしている。
「いいのよ。お世話になってるんだもん。
そういえば名前、言ってなかったわ。」
カウンター越しに手を差し出し、「須藤マリアよ。」と握手を求める。
握手なんてした事が無いかのように、困惑した表情を見せると、手を握って「レイだ。」とだけ告げられた。
「名前、レイだけ?」
マリアが首を傾げると、レイは何事も無いかのようにキッチンへ視線を戻すとコーヒーを淹れ始める。
「殺し屋だ。名前は捨ててる。」
「なるほど。」と首を縦に振ると、キッチンの向かい合わせに置いてある椅子に座った。
近くで見つめていたい。そんな気分だった。
「どうぞ。」
そう言って湯気のたったコーヒーが目の前に出される。
ありがとうも言わずに口に運ぶと、熱々の風味の良いコーヒーが口の中に広がる。
グスっ....。
一瞬一瞬の幸せに涙が溢れる。
レイは何かを察したのか、自分の分のコーヒーを手に取ると私の横に座った。
私はレイに抱きついて泣きじゃくった。
今までの苦しみを全部吐き出すように。
私が泣いていた1時間、レイは静かにコーヒーを呑んでただ黙って胸を貸してくれた。
ひとしきり泣いたあと、かなり夜が深くなっている事に気づいた。
「あなた明日お仕事は?」
パッと離れる。
「しばらく無い。」
レイはそう答えると、しばらく考え込んでいた。
「明日出かけよう。君の家と必需品と、あと子供服、男の子のを準備しないといけない。俺は...俺のもの以外わからないから君が見繕ってくれ。」
「えっと、、ありがたいし買ってもらってもいいのかも、申し訳ないけど、家って...!?」
キョトンとした顔でレイが見つめる。
「一緒の家に住むわけにはいかないだろう?君には俺の秘書をしてもらうつもりだから裏に家でもどうかと...。」
困惑し続ける私の顔を見て「何か変か?」と返す。
「私あなたに借りがあるのよ!?」
なのにこれ以上借りを作れない。
そう返す前にレイが言葉を被せる。
「忠誠を誓った部下を大事にするのが上司の務めだろう?生活を整える事の何がおかしい?」
レイにとって私への衣食住の提供は、貸しでは無いのだ。
少しムッとしている気がする。そんなレイはまたコーヒーを一口飲んだ。
「ありがとう。受け取るわ。その分貴方に尽くす。どんな事があっても。」
そう言って椅子を降りると、私はレイを目の前に跪いた。
跪いた私の頭を彼は撫でると、「風呂に入る。」と風呂場へと消えていった。
私は忠誠心と共に、レイへの愛情が生まれていた。彼のために生きると、生きる理由を見つけた。
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