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第4話『頼れる存在』
小姓という仕事は俺にとって初めての事ばかりだった。
身の回りの世話という事で屋敷の掃除だけでは済まず、食事の準備や調髪、風呂の準備や手伝いまでもが俺の仕事で、不器用な俺は殿に対し当初は非礼の連続で。
「……お主は歳ばかりとって今まで何をやってきたのか」
が、殿に1日1度は言われる言葉になっていた。
顔色ひとつ変えず、常に冷たい眼差しと透き通るような声で冷然と言いながらも、殿は俺にその所作ひとつひとつを丁寧に教えて下さった。
いつ暇を言い渡されるかと不安でならなかった日々がしばらく続いたが、それを支えてくれたのは家臣である秀太郎だった。
与えられた殿のお住い近くの屋敷で俺と共に暮らし、城下の警護の仕事に就いていた秀太郎。
俺が小姓になる以前からずっと俺の元に身を寄せていた秀太郎は、家臣でありながら今の俺がやっている事全てを命を救ってもらった恩返しと言ってやってくれていた。
だから秀太郎にも教えてもらって殿に文句を言われないように努めていたんだが、相手は厳格にお育ちあそばれた殿様でそう甘くはなかった。
「弦次郎さま、また溜息ばかりつかれてますよ」
「おう、そうかい。殿の溜息が移っちまったな」
15の頃からずっと俺についてきてくれている秀太郎も今年23。
小柄でその幼き女子のような顔立ちと総髪が時の流れを感じさせない。
「剛健篤実と誉れ高い神凪直仁公の血を引いておられる御方ですから、一筋縄ではいかぬのでしょう……」
秀太郎もその剣術の腕を認められているからか、最近見廻りで顔を合わさない事が多くなり、ふたりで風呂に入るのも久しぶりの事だった。
「まぁ……確かに……」
背中を洗ってくれる小さな手が懐かしくさえ感じる。
「弦次郎さまもこうして若殿さまの背中を洗っておられるのですね……」
「そりゃそうだ。俺の仕事だからな」
「…………」
俺が応えると、秀太郎は俺の背中にしがみついてきた。
「おい、どうした?」
「久方ぶりにこうして弦次郎さまと風呂を共に出来、胸がいっぱいでございます……」
「…………」
秀太郎が俺に好意を寄せている事はなんとなく分かっていた。
それは所帯を持つよう勧めた時、決して俺から離れないと言い切られたからだ。
『どうか、どうかこのままずっとお傍に置いてください。私には貴方様しかおりません』
泣きながら話す秀太郎に、俺は『分かった』としか言えなかった。
以降、秀太郎は何か俺に強請る事もなく、ただひたすら俺に仕えていた。
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