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第8話『更なる無茶振り』

その日から。 殿は俺に度々、俺の夢について尋ねられるようになり、俺はそれに包み隠さず自分の経験や思いを話していた。 そんなある日の事……。 「そうか、城下で様々な民と話をな」 「えぇ、書物だけでは得られぬ、今の民の声を聞き、多くの学びがそこにあります。我らが知る以上に世界はもっと広く、果てしない。そうした事も異国相手に商いをしている者から聞く事が出来ます」 「それは真に興味深いな。……決めたぞ、弦次郎、儂も城下に行って直接民の声を聞く。支度せよ」 興味をお示しになられたところまでは良かったのだが、殿の好奇心はその先をゆくものだった。 「え?今からですか?」 「夕餉までに戻れば良いだろう」 「し、しばしお待ち下さい。殿が城下においでになられているとなれば騒ぎになります。ここは目立たぬような格好でお出掛けされるのが宜しいかと。あと、念の為護衛も必要です故、今からそれらを準備するとなると……」 自分ひとりじゃ容易い事も、殿がご一緒となるとそうはいかない。 それで何とか策を挙げ、準備を十分にした上で行動したかった。 「護衛?そのような者が大勢いては余計に目立つだろうが。護衛はお前の家臣ひとりで十分であろう。衣もお前のものを着れば問題あるまい」 「お、俺のですか?」 「つべこべ言わず早くしろ」 が、殿に通用する事はなかった。 「……こうして町を歩くのは初めてだが、これだけでも色々な学びがあるな」 屋敷から一番着ていない着流しを持って来ると、それを殿にお召し頂き、秀太郎にも力を貸してもらい城下に向かった。 物珍しいのか、殿は町並みをゆっくりと御覧になり、歩かれる。 「弦次郎さま、勝手にこのような事をして、ご家老さまに知られたら……」 「仕方ねぇだろ、殿のお望みなんだから」 秀太郎は心配そうに殿の様子を見ている。 「済まねぇな、俺の家臣だからって面倒な事に巻き込んじまってよ」 「い、いえ、私は弦次郎さまのお役に立てるのなら……」 そんな秀太郎の肩を叩いて言うと、秀太郎は顔を赤らめる。 「弦次郎」 「あ、はい」 「異国と商いをしている店の者と話がしたい」 「承知致しました、ではこちらへ……」 そう言うだろうという予想はしていた俺は、若い頃から付き合いのある骨董品を扱っている男、吉次(きちじ)の店に殿をご案内した。 「いらっしゃい…って、弦さん、久しぶりだね。若殿様のお相手、どうなんだい?」 「あぁ、なかなかの殿様でな。今日はお前の話が聞きたいっていうから連れて来た」 「へー、そりゃあ大変だ……って、ええぇぇ!?」 「うるせぇ!もうちっと静かにしろ!!見つかったら騒ぎになる」 「あ、あぁ、済まねぇ、弦さん」 吉次は店の奥、普段は取引の為に使う部屋に俺たちを通し、異国の茶と菓子を出してくれた。 「若殿様がこんなにお美しい方とは……ささ、どうぞお召し上がりください」 「うむ、では有難く頂こう……」 紅茶と呼ばれる赤茶色をした飲み物と、ビスカウトという四角く黄みの強い茶色の菓子。 「……今までに食べた事のない味だな」 殿も気に入られたのか、全て召し上がっておられた。 「異国との貿易で手に入れたものです。対して、我が国の絵画や陶磁器が異国では価値あるものとされており、彼らは我らとは全く異なる暮らしをしております。米を食べず、小麦を加工したものを主に食べている国が多いのです。衣服や言葉も全く異なっております」 「異国の存在は書物で読んだが、そのような実体があるとはな……」 殿は吉次の話をじっくりとお聞きになられていた。 「我々の住んでいる国は異国から見れば小さな島であり、その中で内乱を起こして国が分裂しているという風に見られております。このままでは異国が攻めて来た際、勝つ見込みは限りなく低い。国をひとつに纏め、異国と対等に付き合えるようにならねば、この国は異国に占領されてしまいます」 「……異国と対等に付き合える国としてやっていくには、国内も全ての民が対等である必要があるだろう」 殿が仰ったその時、外から雨の降る音がしてきた。

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