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第11話『互いの痛みを分かち合い』

「な…何故弦次郎さまが若殿さまのお相手を……?」 あまり言いたくなかったが、秀太郎に事情を話さずに戻る訳にもいかず、意を決して打ち明けていた。 俺の話を聞いた秀太郎はひどく落胆した様子を見せる。 「俺もそう思ってんだ。でも殿が俺だと言って聞かねぇんだよ……」 「……あの御方は、どこまで弦次郎さまを苦しめたら気が済むのでしょう……」 今にも泣き出しそうな顔をしている秀太郎に、俺は何と声をかけるべきかと悩んでしまい、心の準備どころじゃなくなった。 「弦次郎さま、お気を付けて」 「お、おう」 暗い顔の秀太郎に見送られ、俺は降りしきる雨の中、殿の待つお住いに戻った。 「柊」 途中、家老の露木殿とすれ違い、声をかけられる。 「何故かような事になった?」 夜伽の話を殿から聞いたのか、露木殿は困惑の表情を浮かべていた。 「あんたが殿にお世継ぎお世継ぎって言うからだろ。女子を穢れと思ってお育ちになられた殿に、まずそのお考えを改めて頂くよう進言なさるのが先だったのでは?」 「そ…それは……」 「こうなっちまった以上どうしようもねぇだろ。殿はこの後必ずお世継ぎ作りするって言ってんだ、それで丸く収まるって事にすればいいじゃねぇか。あんたはそのお相手でも探しといてくれよ」 露木殿が恐れているのは、殿のお相手になった俺に自らの座を奪われる事だ。 俺にその気などない事を知っている筈なのに。 俺はこれからの事で頭がいっぱいで、つい露木殿に対してつい乱暴な口をきいてしまう。 「……分かった……」 察してくれたのか、露木殿とはそれだけ話して別れた。 殿の寝所近くまで来ると、俺とは別の若い小姓、花里(はなさと)が俺に真新しい長襦袢を着せ、調髪までしてくれた。 「いつか、このような日が来るのではないかと思っておりました……」 「どういう事だ」 支度が整うと花里がこう言うので、俺は尋ねていた。 「柊殿はいつもお傍におられるのでお気づきになられていらっしゃらなかったとは思いますが、殿は貴殿と共におられる時、とても穏やかな御顔をされていらっしゃいます。それに……貴殿に夜のお勤めをさせなかったのも昼間のお勤めの方がお傍にいられる時間が長いからではないかと……」 「……そうかい……」 俺よりも後に入った若く美しい花里からそう言われ、それを聞くので精一杯だった。 この男も何故俺が?と絶対に思っているだろうな。 気持ちの整理がつかないまま、俺は殿にひと声かけてから殿の寝所に足を踏み入れる。 入口には警護の者がふたり、俺を好奇の目で見ていた。 ……これから小姓の任を終えるまで、俺はこの目で見られる事になるのか。 「……速かったな」 中には俺と同じく白い長襦袢姿の殿が、敷かれた二組の布団の上にお座りになられていた。 「そうですか?お待たせしたものと思っておりましたが」 突っ立っているのもと思い、布団ではなく殿から近い畳に腰を下ろす。 「秀太郎は朝の稽古もあるからお前がここにいても屋敷に戻るようにしたが、それで良かったか?」 「ええ、まぁ……」 この御方なりに気を遣って下さった……という事なのか。 が、秀太郎からすれば俺が殿の夜伽の相手になった事自体が気に入らないのだが。 「……お前を心から慕っているあの男にとって、儂は敵なのだろうな……」 その時再び、大きな雷の音が鳴り響く。 「…………っ……!!」 俺が傍に行くより早く、殿は俺に抱きついてくる。 心臓が早鐘を打っておられ、腕を掴むその白い手はがたがたと震えていた。 「弦次郎……」 その震えた手を握ろうとすると、殿は俺の背中に腕を回して更に密着してこられる。 「何処にも……何処にも行かないでくれ、弦次郎……」 「殿……」 俺を見るその眼は、何かに怯えておられる様に見えた。 「幼き頃、母上が御隠れになられたのもこのような雷の日の事だった。流行り病に罹られた故、最期まで母上にお会い出来なかった。母上は苦しみながらも儂や兄上たちに会いたいと何度も泣き叫んでおられたと聞いた。それから雷が鳴る度、儂はどこからか母上が儂を呼ぶお声が聞こえるような、何故あの時会いに来てくれなかったのかと言われているような気がするのだ……」 その言葉に、俺はすぐに反論してしまう。 「……そいつはどうでしょう。母親というものは自分の命よりも我が子の命が大事だと思うものだと俺は思いますが」 あの時の妻がそうであったように。 「そうなのか……?」 「殿はお母上に何も出来なかったご自分を責めておられる故、そのように思われるだけに過ぎません。お母上はきっと、殿が立派にお育ちになられた事を喜んでいらっしゃる事でしょう。命にかえても守りたい我が子を脅かす母親など、どこにもおりますまい……」 『わたくしの命がなくなっても、どうかこの子だけはお助けください』 いつも穏やかだった妻が今際の際で声を荒らげて強く言った言葉。 そして、あの鬼気迫る表情。 俺はそれを守りたかったが、叶わなかった。 「……弦次郎、お前までそのような顔をして……」 そんな俺に、殿が笑みを零してくださる。 「すいません」 「謝る事など何もない……」 その手が頬に触れ、その御顔が近づいてくる。 雷が遠くではあるものの鳴り響いている中、殿が俺に口付けてきた。

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