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衝動

そんな円に謎めいた魅力を感じた大木は、日を追うごとに円に惹かれていき、この思いをいつ告げようかと考えるまでになった。 だのに、昨夜はしくじった。本当にしくじった。 昨夜は近くの本屋に寄って流行りのマンガ作品を物色し、その後は中華料理屋で食事を摂った。 その帰り道で、苦しそうにうずくまる円に出くわしたのだ。 心配になって、近づいて様子を伺えば、薬を出して欲しいと訴えてくるではないか。 心臓発作か何かだろうか、とあせったその瞬間に、説明のつかない衝動が突然襲いかかってきた。 体が異常に滾って歯止めがきかなくなり、目の前でうずくまる円をモノにしたいということ以外、何も考えられない。 気がつくと、彼のスカーフを引きちぎり、首筋に噛みつこうとしていた。 「……落ち着いて!」 背中を叩かれ、ようやく我に返った。 スカーフを取った首に、幅広の革の首輪がついている。 これは、オメガが護身用として使う拘束具ではないか。 ──富永さんはオメガだったのか! 「す…すみませ、えっと…」 大木は必死で足を動かして、座ったまま後退し、フラつきながら立ち上がった。 おそらく、さっきの衝動はオメガ特有のフェロモンによるものだろう。 今の今まで、こんなことはなかった。 当然といえば当然だ。 大抵のオメガは抑制剤を服用していると聞くし、そうでなくても発情期の際には身の安全のため、外出しないようにしているのだとか。 だとしたら、なぜ目の前の人はこんなことになっているのか。 このままでは、まずい。 どうしよう。 あれこれ迷った挙げ句、自分の家まで引きずるようにして連れ帰った。 今にして思えば、他に方法はあったのに、なぜそんなことをしたのかと今さらになって後悔した。 普通、119に連絡するところだろう。 そう離れていない場所に病院もあったし、自分の腕力をもってすれば、円を抱えてそこに連れていくこともできた。 本当にバカだった。 フェロモンにあてられていたなんて、言い訳にもならない。 家に連れて帰ると、ベッドに寝かせた円が苦しそうにしているのを見かねて、とりあえずメガネとマスクをはずした。 そうして露わになった頬は真っ赤に染まり、ふっくらした唇は濡れて艶めいて、ふーっふーっと熱い息を漏らしている。 それを見た瞬間に、またあの衝動が襲ってきた。 生物の雄としての本能が頭をもたげてきて、体が異常に昂ってくる。 円の瞳はほんのり潤んでいて、んっと小さく呻いて身動ぎされると、普段の何倍も色っぽく見える。 そうされると理性は吹き飛び、気がつけば大木は、尊敬している職場の先輩を組み敷いていた。 めったに日に当たらないからか、円の肌は雪のように白く柔らかい。 体はほっそりしているが、貧相に痩せているわけではない。 どの部位にもほどよく肉がつき、触れた指を押し戻すほどの弾力に富んでいた。 円の胎内に猛った男根を押し込むと、待ち侘びていたと言わんばかりに、男根を締めつけて離さなかった。 「もっと…もっと動いてえ!」 最奥を何度も突いているうち、円の方がねだるように動き、大木は今まで味わったことが無いほどの快感を得た。 「まどかさん…!」 大木は思わず、恋焦がれた相手の名前を呼んだ。 たとえ肉欲と本能での繋がりであっても、意中の人に求められるのは、この上もない幸せだった。 身も心も壊れそうなほどの快感と幸福感に酔い痴れながら射精した後、体に鉛玉をくくりつけられたような疲労感に襲われて、そのまま寝入ってしまった。 もっとも、その幸せも束の間。 事が終わり、フェロモンによる性衝動が抑まれば理性は帰ってくる。 翌朝になって目が覚めると、大木は自分の部屋の惨状を目の当たりにして青ざめた。 床は脱ぎ散らかした服に占拠されて、足の踏み場もない。 持っていたバッグは放り投げていたらしく、中に入れていた所持品が散らばっている。 何より大木をゾッとさせたのは、隣で死んだようにこんこんと眠り続ける円だった。 首の拘束具はガリガリ歯を立て続けたからか革が伸び、背中や肩には歯形や赤い痕がびっしり広がっている。 その痛々しい姿に、自分が円に何をしたのか嫌でも思い知らされた。 その円がピクリと動いたかと思うと、跳ねるように起き上がった。 「ボクのバッグどこ⁈」

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