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神格化
「行きは良い良い帰りは怖い…っと」
にこにこ顔の男が毛皮のコートを翻す。
夏場だというのに汗ひとつかかず涼しい顔で袖をはためかせて歩く男の耳には菊結びのピアス。
男は街を通り抜け、寂れた神社へと入った。
ぱんぱん!と二礼二拍手一礼をする。
その際賽銭箱に手持ちの全てを入れた。お金はもちろん財布も、煙草も、何もかも。
「篠崎さん!!」
息を切らした女性の声が境内に響く。
タタッとその後に続いて来た白髪の男が、彼に声をかけた。
「篠崎サン、完成したら見せてくださいネって、言ったじゃないですカ」
彼はくるりと振り向いて困ったようにはにかんだ。
「見つかってしもうたかぁ。んふふ、久しぶりやのぉ、鼬瓏、マーガレットちゃん」
「…っ篠崎さん…!」
走って来たマーガレットを抱き止めた。
「ばか、バカバカ!どうして一人で行っちゃったんですか!私たちに何も言わずに…っ」
「うん、ごめんなぁ」
よしよし、とマーガレットの頭を撫でて抱きしめてやる。
コートと衣服以外何も荷物を持っていない篠崎を見て鼬瓏は気づいた。
「篠崎サン、貴方もしかして…」
「…ん、ぼちぼち行くわぁ。もう会えんようになるなぁ」
「そんな…っ嫌」
「マーガレット」
歩み寄った鼬瓏がマーガレットの肩に手を置いて首を横に振る。
「…っ」
ぎゅ、と唇を噛み締めてマーガレットは篠崎から離れた。
「そんな悲しい顔するなや、これからはいつでもずっと見とるよ」
篠崎はしゃがんでマーガレットの涙を指で拭いてやった。
こく、と頷いたマーガレットの頭を撫でて、立ち上がり篠崎は言う。
「さ、笑顔見せてや?最後くらい笑った顔でおってくれや」
マーガレットは涙を拭いて満面の笑みで応えた。
「うん。いってらっしゃい、篠崎さん!」
「ん!ありがとぉな!」
「篠崎サン、今までありがとうございましタ」
「いんや、ウチこそ、ありがとぉな、鼬瓏。」
あんな、と篠崎が両耳のピアスを外す。その手が震えているのに鼬瓏は見ないふりをした。
「これ、もっとってくれんかや、鼬瓏。おまんはきっと長生きするから」
「ええ。確かに預かりましたヨ」
ニコ、と鼬瓏が微笑んだ。
「ふふ、鼬瓏、マーガレットちゃん。…大好きやよ」
ぎゅ、と二人を一気に抱きしめ、グ、と力を入れてすぐ解放した。
「そしたら、行くわ。じゃあの」
「うん」
「ハイ、お元気デ」
見送る二人に背を向けて、篠崎は一言。
「お願いします」
途端、スゥ、と篠崎の体が半透明になっていく。
泣き出したマーガレットの体を鼬瓏が抱き寄せる。
篠崎は自分を抱き抱えるようにしてコートを抱き寄せた。
ガタガタと足が震える。カチカチと歯が鳴る。
神格化するということはこういう事なのか。
全てが消えていく。記憶が、感覚が、なにもかも、出て行ってしまった。最後に残ったのは、彼のことだった。
(ああ…!)
一欠片残ったの肌の感覚。それをすり抜けて毛皮のコートが落ちていく。
「嫌や…っ離れたくない…っ!」
叫びながら篠崎宗旦は神になった。
ばさりと落ちたコート、そして水滴が二、三粒跳ねた。
神社には、マーガレットの泣き声だけが響いた。
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