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異変。(5)

「椎名さんいますか? 大丈夫ですか?」  階段を上りきり、二つ並んでいる座敷の向かって右側。唸り声はどうやらこの部屋から聞こえてくるようだ。  部屋に入る前にノックをして、丞がいるのを確かめる。 「帰れ、目障りだ」  やはり苦しそうなこの声は丞のものだったらしい。彼が中からそう話した。  いくら目障りであっても、大好きな丞が苦しそうにしている。  彼が元気でさえいてくれるのならどんなに邪険にされてもいい。好きな人に嫌われるのはとても悲しいけれど、不毛な恋をしているのには違いない。だから仕方のないことだ。 (でも今は――) 「開けますよ?」  宝は丞の言うことを聞かず、ドアを開けた。  そこは洋間で、十帖にもなるだろう室内には電気が点いておらず、代わりにナイトテーブルに置いてある蝋燭には炎が灯っていた。  丞がいるであろうナイトテーブルの隣に配置されているベッドは、けれども空っぽだ。

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