34 / 96

丞の正体。(1)

 †  それは宝が夢にまで見た、(くだん)の狼に似ている。  稲光を背に、(たたず)む一匹のそれ。  闇の中で妖しく光るブルームーンの瞳は、怯える宝を写し出していた。  彼は口の両端に生えている鋭い牙を剥き出しにして呻っている。  狼がいたそこに、丞の姿はない。  ということは、彼はそれなのであろうか。  消えた丞。  獣のような呻り声。  そして突如として現れた狼。  普通なら考えられないこの光景は、しかし生まれ出た疑問をすべて解消させる。 「椎名、さん?」  恐怖と緊張が宝を襲う。  口内に溜まった唾を飲み込むと、彼の名を呼んだ。  その声は思いのほか震えている。  か細いその声は闇の中に消えていく……。  しかし狼にはきちんと聞こえていたようだ。  彼は前屈みになると後ろ足で床を蹴った。  それは驚くほど速く、瞬時の出来事に、宝は反応しきれない。

ともだちにシェアしよう!