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丞の正体。(1)
†
それは宝が夢にまで見た、件 の狼に似ている。
稲光を背に、佇 む一匹のそれ。
闇の中で妖しく光るブルームーンの瞳は、怯える宝を写し出していた。
彼は口の両端に生えている鋭い牙を剥き出しにして呻っている。
狼がいたそこに、丞の姿はない。
ということは、彼はそれなのであろうか。
消えた丞。
獣のような呻り声。
そして突如として現れた狼。
普通なら考えられないこの光景は、しかし生まれ出た疑問をすべて解消させる。
「椎名、さん?」
恐怖と緊張が宝を襲う。
口内に溜まった唾を飲み込むと、彼の名を呼んだ。
その声は思いのほか震えている。
か細いその声は闇の中に消えていく……。
しかし狼にはきちんと聞こえていたようだ。
彼は前屈みになると後ろ足で床を蹴った。
それは驚くほど速く、瞬時の出来事に、宝は反応しきれない。
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