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第2話
俺の朝は必ず鏡の中の自分を見つめながら、ある一言で始まる。
「スイッチ」
自分の両目をじっと見つめながら、コマンドをはっきりと鼓膜から脳の一番奥まで届くように、尖る声で呟くと、身体の中心のどこかが「カチ」と機械のような音を響かせた。
男女の性の外に、稀に生まれると言われるダイナミクスと言う性。それは思春期頃に現れ、検査の結果、四つの性に別れる事となる。一番多いのはノーマル。ダイナミクスという性を持たない一般人である。それから支配者のドムと従属者のサブ。一クラスに一人二人居るか居ないかの確率で生まれる性がそれだ。更に、その地域に一人いるか居ないかの存在が、ドムとサブの両方を持つスイッチ――それが俺だ。
洗面台の鏡の前で、自分の中にあるドムの気配をしっかりと確認してから、俺は前髪を止めていたピンを外した。
「お兄ちゃん、終わったらすぐ交代してよ!」
そう言いながら妹が割り込んでくると、ブラシを手に取り、髪を梳かしながら鏡越しに俺とよく似た勝気な大きな目をぎゅっと細めて睨んでくる。
「悪い」
妹を怒らせると、怖いと言うよりも面倒くさい。先に謝って退散するのに限る。俺はそそくさと洗面台を後にすると、リビングへと向かった。
「早く食べちゃって、礼」
「はーい」
ダイニングテーブルの椅子を引いて腰を下ろし、冷めかけたスクランブルエッグと、マーガリンも溶けないきつね色の冷めたトーストを齧る。そのそばで母親は出勤時間に追われながら、家事をこなしていた。
平凡のど真ん中ら突いたような、何の変哲もない朝の光景を、どこか他人事のように眺めながら、俺はパサついたトーストを咀嚼する。
こんなにも日常は平凡なのに、俺だけがいつまで経っても異質だ。
「行ってきまーす」
妹の声だけが扉の奥から聞こえてくる。それに呼応する俺と母親の声が「行ってらっしゃい」と重なり、今度は母親が慌ただしくスーツの上着を引っ掴んで出ていく。
「お皿水に付けといてね」
それだけ言い残すと、母親はテーブルの上にある車の鍵を肩掛けの鞄に放り投げ、
「行ってきまーす」
と、リビングを出て行った。俺は小さく「いってらっしゃーい」と呟きながら、目玉焼きに醤油を垂らす。俺は家のドアに鍵が掛かるのを聞き届けてから、テレビのリモコンを取り、電源を入れた。
『次のニュースです。先日六本木の雑居ビルの一画で、ドムによるサブへの暴行事件が発生しました。被害者の青年は一命を取り留めたものの重傷、加害者のドムの主犯を含む三名が……』
そこまで聞いたところで、俺はテレビの電源を切った。
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