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第3話

 テレビの内容と重なって脳裏に思い浮かんだ、昨日のサブの茜色の背中が、瞼の奥にちらつく。俺はそれに頭を振って、皿の上にトーストを投げ置くと態と大きくため息を吐いた。  いじめがダサいという事、悪い事であるという事、そんな事は全てわかっている。それを分かった上で、俺達はあの不毛な行為に耽っては、日常の中から搔き集めた鬱憤をぶつけている。標的なんて本当は誰でも良かったのかもしれない。  ただ、サブと言うのは人間の中でも最下層の人種に見られがちだ。社会がいくら平等を叫ぼうとも、マクロな社会の中で平等が保たれているという現実は実に少ない。  特にダイナミクスと言う人種は主従を基本としているから、その社会の形は顕著に表れるかもしれない。  だから、多分、きっと……俺は悪くない。  俺はそう自分に言い聞かせるように、深い声で自分に言い聞かせる。あいつが苛めを受けているのも、苛めを容認するのも、例えあいつが死んだとしても。  俺は悪くない。 偶々身体のでかいサブが珍しいという事から、目を付けられ、その性に付け込まれた。そして、それがエスカレートしてしまった。彼にも非がない訳じゃない。彼は最初から俺達の嫌がらせに、一度として反抗しなかったのだから。  ダイナミクスに生まれた自分を呪えばいい。 サブに生まれた自分と、そう産んだ親を怨めばいい。生きる責任は、全部自分にある。  俺はそう自分に言い聞かせてから席を立つと、食べ終えた皿を流しの中に置いて、学校へと向かった。  家から自転車で走って十五分。坂道のない平坦な通学路を軽快にペダルを踏み込めば、二年前に何の苦労もせずに入学できた高校がある。偏差値としては中の上であり、それなりに生活指導に厳しい教師が揃っているが、それは表面上に過ぎない。  この「学校」という四角い箱の中に押し込まれて居るのは他人に興味がある目をして、自分にしか興味ない生徒と、円滑で面倒を一切排除したい教師というバイトをしている大人達だ。  俺もその中の一部に過ぎない。  人波をすり抜けながら自転車を滑らせるようにして校門をくぐると、駐輪場へと向かう。数名の生徒達が、狭い駐輪場への場所取りに躍起になっていた。俺はその駐輪場から少し離れた花壇の傍に自転車を置くと、 「おはよ」  と背後から声を掛けられ、振り返る。 「おう。おはよ」  クラスメイトの中島真が丁度俺の隣に自転車を停めるところだった。ききっと油の少なくなった車輪の悲鳴を響かせ止まると、彼は自転車から降りて鍵を掛ける。  昇降口から聞こえてくる喧騒を聞きながら、俺は彼の隣に立ち、 「なあ、志村って結局あの後どうしたんだ?」  と、彼に小さく耳打ちした。中島は視線だけで俺を見ると、「知らね」と小さく肩を竦めて、その話はしたくない、と拒否するように、俺から視線を逸らした。 「なあ、俺達このままで良いのかな」  俺はそれでもと、仲間内の中でも幾らか良心的で、話も合う中島に思い切って告げてみると、彼は学校指定の鞄を肩に掛けながら「まあ」と苦い薬でも飲んだように、曖昧に頷いた。しかしその表情には、躊躇いと困惑に交じりながら、迷惑そうな苦笑いが滲んでいる。 「俺もそう思うけど……そうは言えないだろ」  言われて俺は反論する言葉を失った。 「俺はノーマルで、ただの傍観者だから、グレイでドムを威嚇したり出来ねえし。礼だってドムだけど、あいつを負かせねえだろ?」  そうだ。  スイッチという特異体質のせいか、ドムとして縄張りや所有物を主張する際、眼光から発するグレイが人よりも酷く薄いと医師から言われている。 「だけどさ」  脳裏に今朝のニュースが蘇る。 「お前が言いたい事分かるぜ? 俺だってだせえって思ってる」  でも現状どう変えるんだよ。  畳みかけるように言われて、俺は「でも」と反論しかけた。しかし、言葉を、「でも」の先を見つけられなくて、喉の奥へと言葉を転がすしかなかった。中島は微かにため息のようなものを吐いてから、 「見ない振りが一番なんだよ」  そう言って俺の肩を叩くと、教室行こうぜと背中を片手で押して促してくれる。諦めろ、最善を取れ。そう励ますような、諦めを促すようなものが胸に響いた。

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