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第5話

 彼の言う楽しい事を本当に「楽しい事」だと認識して、心底楽しめる人間がいるとすれば、それを外道と言うのだろうと思う。 「今日もセーフワードなしでいい?」 「いいよね、いいんじゃね? こいつ今まで一度もドロップした事ねえし」  本来プレイ前にドムとサブの間にセーフワードを設けないのはご法度である。サブの限界を超えてまでの強制的な服従を強いるのは、サブの精神を壊しかねない。  もし、この行為が行き過ぎてしまえば……。  俺は今朝見たニュースを脳裏に思い浮かべてぞっとした。最悪な場合は、志村が重傷もしくは死に至る。  俺は手に拳を作って、隣に居る東を睨みつけた。  放課後、隙を見て帰ろうとした俺を、東の強い右手が引き止めた。振り切ろうと振り返った瞬間、「シカトすんなよ」そう言いながら今朝よりもはっきりとした色を宿したグレイを当てられ、俺は腹の奥底をぎゅっと握り込まれるような恐怖に苛まれた。 征服される。その圧倒的な感覚は、不快感すら入る隙の許されない、いわば恐怖のような物と言って良いものだった。  ――なんで俺が。 「……東、長居したくない」  苦し紛れにそう訴えると、東はわざとらしい作り笑顔で「終わったらタピオカ飲みに行こ」なんて言った。誰がお前なんかと。  そう思いながら連れていかれた、数年前に増築され、不要となってしまった旧校舎に、いつもの仲間内がいた。  三階建ての旧校舎は、何処もかしこも倉庫となっており、年に一回の掃除以外は用無しのお荷物になっている。その中の二階にある長い廊下の突き当りにある旧音楽室。音を吸い込む防音壁は、腐敗した学生にとっては都合が良く、新校舎に移動されたグランドピアノもない、ただ広いだけの教室も何かと都合がいい。 「なあなあ、礼。何したい?」  カースト上位という言葉の王冠が良く似合う、傲慢で無邪気な笑顔を振り撒きながら、東は俺を覗き込む。笑むと同時に細くなる眼差しの奥底に、青灰色の不穏な炎が揺らめている気がした。 「知らねえよ、俺に振るな」  東にも、東の仲間にも、志村にも関わりたくない。そう言いたいのに、はっきりとは言えず、俺は視線を出入り口へと投げた。  東達がやっている事には賛同できないし、関わりたくないが、志村も志村だ。さっさと不登校になれば良いのに、のこのこ毎日登校してきて、苛めを真正面から受け止める。真正のマゾヒストか?  徐々に募って行く苛立ちを吐き捨てるように、 「俺、帰りたい」  と呟くと、 「じゃあサッカーしようぜ」  東がそう言いながら、ポケットからコンビニのビニール袋を取り出し、床に放り投げた。その行動の意味が瞬時に頭の中に再生されると、俺は東へと振り返った。

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