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第6話

「ボールは、志村の頭ね」  そうにこやかに告げる東の言葉に、志村を取り囲んでいた生徒三人が興奮したように声を上げる。もはや飼いならされた猿にしか見えない。今日に限って委員会がある中島が居ない。俺は東のブレザーを握った。 「いや、流石に」 「さすがに?」  何だっていうんだよ。  微かに低く重量感のある声の後の無言の圧力に、言葉にしかけた言葉が喉の奥で詰まる。その息苦しさに、硬くなった唾液を嚥下すると、東は俺の背中を優しく撫でてきた。不気味な程穏やかな大きな手に、背筋が凍りつく。 「礼、あいつ死ぬんじゃねえ? って思ってるんでしょ。大丈夫、人間って意外と丈夫だぜ?」  怖い。  悪意も殺意も、ましてや罪悪感や憎悪もない笑顔が俺を見つめる。グレイのような得体の知れない気味の悪さに、俺はただ震えだしそうな奥歯を噛み締めるしかできなかった。  そんな俺の気持ちも他所に、誰かが叫んだ。 「ステイ!」  抵抗の声位上げろよ。なんでされるが儘なんだ、悔しいとか、痛いとか、止めてくれとか何もないのかよ。  頭からすっぽりと薄いビニール袋を被せられた志村は、サッカーボールとなった。当たり所が悪ければ死んでしまう。俺は彼の頭が蹴り飛ばされるたびに、もうやめろ! と叫びだしたくなった。けれど、それは言えなかった。隣に居る東が俺の背中にずっと手を置いていたからだ。  叫びだそうものなら、直ぐに首を絞められるような位置に、彼の大きな手が置かれていた。東は志村がいたぶられているのを楽し気に眺め、時折、 「下手クソ、もっとちゃんと蹴れよ!」  と罵声を浴びせた。この狂気じみたゲームを楽しんでいる。一見そんな風に見えたけれど、違う。  ――彼は俺の反応を見て楽しんでいる。  ふと向けられる眼差しには、ねっとりと絡みつく様な粘り気があり、それは間違いなく俺を観察しているようだった。  何が目的なのだ。  ドムはサディストが多いと聞くが、彼もまた真性のサディストなのだろうか。いや、そうであってもそうでなくても、どちらでも良い。どちらにしたって趣味が悪過ぎる事には変わりない。

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