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第7話

 最初は両腕で頭をガードし、微かな抵抗を見せていた志村だが、徐々に圧倒的な暴力に屈していき、最後はぐったりと床に倒れていた。俯せの背中が上下している事から、彼にはまだ息があり、生きているという事が窺える。 「……飽きた」  東の不意の一言に小さなサッカーグラウンドが静まり返る。東の一言に「俺も疲れたわ」と誰かが呟き、次々に「止めよう」と場がしらけて、お開きとなっていく。俺はずっと緊張で硬くなっていた肩の力を落として、息を吐いた。隣にいた東は、そんな俺に浅く笑って立ち上がると、鞄を肩に掛けて「タピオカ飲みに行こ」と、俺に笑いかけてくる。 「気分悪いから帰る」  俺は東の顔を見ないままに、教室出入り口へと急いだ。その際、志村の頭に被された白いビニール袋の内側から、べっとりと血が付着しているのが見えた。それは床にも溢れて、まさにテレビドラマの演出なら、確実に志村は死んでいる。  最悪だ。  俺はそれを視界の端で見つけてしまった事を後悔しながら、昇降口へと急いだ。 「礼、また明日ね」  扉を閉める直前で、東がそんな事を言った気がしたけれど、俺はそれに聞こえないふりをして、自転車のある駐輪場の花壇へと急いだ。  ダイナミクスという性が好きじゃない、嫌いだ。 征服だとかなんだ、何故そんなものが生まれてしまったのか。人間が進化する過程で、それ程重要視されるようなものだったのだろうか。  俺には全く理解ができない。  だから、嫌いなのだ。ドムもサブも――ダイナミクスと言う人種全てが。  誰も帰宅していない家に帰り、自分の部屋に直行して引きこもる事一時間。答えの出ない自問自答と性への文句を吐き捨てながら、俺はベッドの上で誰にもぶつけようのない鬱憤に喘いでいた。  志村も男なら抵抗しろよ。……いや、サブはドムの言葉に逆らえない。ましてやドムへの最後の抵抗であるセーフワードも設けていない。彼には抵抗のしようがないのだった……。  俺はそこまで考えて、頭を抱えた。  やられる方にもやられるなりの理由がある、だからいじめに関して俺はあくまで他人事であるが、血流沙汰の暴力となればまた話が違う。  俺は脳裏に蘇る志村の真っ赤な血溜りを思い出し、肌がぞわりと粟立つのを感じた。  恐らく東達は、志村のアフターケアなんて絶対的にしないだろう。そうなれば、志村は未だにあの教室に一人で倒れているかもしれない。気絶している程度ならば、まだ良いけれど……死んでいたら?  一気に死と言う概念との距離が縮まり、その闇の深さに身体の芯から震えた。俺は飛び起きると、シーツを握り締めて、強く目を閉じる。  様子を見に行くべきか、知らないまま、分からないまま、記憶に蓋をするか。  しかし、脳裏に蘇ってくる志村の頭を包む薄く白いビニール袋越しに見えた血と、ぐったりとして一ミリだって動かない身体が、俺の身体に重く圧し掛かってくる。罪悪感、後味の悪さ、はっきりと言えば死と言う恐怖。  俺はくそっとベッドを殴りつけると、ブレザーを乱暴に掴み取り、家を飛び出した。

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